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    勉強の心構え~生存本能で食らいつく!

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    勉強の心構えで、参考になる考え方がありました。
    大事なことだと思ったので、忘れないようにメモ。

    東大法学部卒(31歳・無職)が半年でプログラマーになれたのは生存本能のおかげ~『freee』開発者・平栗遵宜さん - エンジニアtype

    2013/09/26公開

    専任の経理担当者を置くことができない中小零細企業の経営者やフリーランスにとって、業務の合間を縫って行う簿記・帳簿作業は手間以外の何物でもない。

    この手間と負担を解消する会計サービスとして脚光を集めているのが、全自動のクラウド会計ソフト『freee(フリー)』である。

    最大の魅力は、入力作業を最大限に省力化できる点。あらかじめ銀行口座の出入金履歴やクレジットカードの使用履歴をWebアカウント経由で同期しておくと、『freee』が明細情報を解析。金額や摘要に準じた適切な勘定科目を、帳簿上に自動で割り振ってくれる。

    ユーザーは、基本的にその内容を承認するだけ。“仕訳”や“勘定科目”を意識することなく、ほとんどの作業をクリックベースで完結できると評判だ。

    同サービスは2012年11月に行われた『TechCrunch Tokyo』でお披露目されるとたちまち話題を呼び、2013年3月に正式リリース。同年5月には、ベンチャーの祭典『Infinity Ventures Summit 2013 Spring』のLaunch Padで優勝を飾り、現在までに1万を超えるビジネスアカウントを獲得している。

    こうして同サービスが注目を集める理由には、サービスの出来の良さ以外に、『freee』を開発・運営するfreee株式会社(旧・CFO株式会社)の共同創業者の存在も見逃せない。

    1人はGoogleで中小企業向けのマーケティングを統括していた現代表の佐々木大輔氏。もう1人が、慶應義塾大学大学院でコンピュータサイエンスを修め、ソニーでソフトウェアエンジニアとして活躍していた開発責任者の横路隆氏だ。

    ともに世界的なテクノロジー企業で経験を積んできた人物だけに、その起業話がメディアに取り上げられることも少なくなかった。

    だが、彼らに続く「社員第1号」のエンジニアこそ、異色の経歴の持ち主だということはあまり知られていない。現在、同社でソフトウェアエンジニアを務める平栗遵宜(ひらぐりのぶよし)さんその人だ。



    freeeというWebサービスが作られた。
    http://www.freee.co.jp/

    ■ 3度臨んだ司法試験に失敗……崖っぷちからの再出発

    「何しろ人生崖っぷちすれすれ。周りはみんな働いて立派にやっているのに、自分には仕事もキャリアもない。だから僕はこの会社に入って、もう一度チャレンジをしたかったんです

    平栗さんはfreeeに入社するまで、無職で職歴もなし。当然、プログラミングは一度もやったことがなかった。父親の仕事である弁護士を目指し、司法試験を受験していたからだ。

    2007年に一浪二留でぎりぎり東京大学法学部を卒業した後、千葉大学の法科大学院に進んで司法試験の合格を目指していたが、3度の試験に失敗。弁護士への道が絶たれたその時、平栗さんは31歳になっていた。

    「子ども心に自分が家業を継いだら父親も喜ぶだろうと思ったのが、弁護士を志望した理由です。法科大学院ではわりと真面目に法律を学びましたが、最後までなじめないものを感じながら勉強していました」

    学生時代から、国語より、正解が出る数学や物理が得意な理系学生だった。そんな平栗さんにとって、一つの事案に人それぞれの解釈が入り交じる法律の世界は、なじみにくかったという。

    自ら決めた道とはいえ、振り返れば「勉強にのめり込むことができず、もどかしい毎日」。ここで踏ん張らないと、ずるずると落ちていってしまうという危機感を持っていた。

    「そこで、とにかく就職をという思いから、就職サイトで『31歳・職歴なし』でも応募できる仕事を片っ端から当たろうと思っていました」

    目に入ったのは、駅員募集や飲食店の店員、タクシー運転手など。仕事の中身は何でもよかったと当時を振り返る。ただその一方で、「もう何も失うものがないのだから、最後に自分が本当に好きになれる仕事をやりたい」という思いも持っていた。

    そんな矛盾した思いを友人に明かしたところ、紹介してもらったのがfreeeだったのだ。

    「知人がベンチャーを立ち上げたから、仕事がないか聞いてみようか? と言ってくれたんです。彼は代表の佐々木と親しい間柄でした」

    平栗さんはその友人の紹介で、佐々木氏と横路氏に会う機会を得る。しかし佐々木氏から、「設立間もないベンチャーなので、給料を払う余裕がない」と言われてしまう。

    そこで平栗さんは食い下がった。「無給で構わないから開発の仕事を手伝いたい」と頼み込んだのだ。

    そうまでしてfreeeへの入社にこだわった理由を聞くと、「ベンチャーで働くのは面白そうだし、最後のチャレンジにぴったりだと思ったから」とのこと。

    「それに、エンジニアの仕事は“手に職”。ここで成長して技術を身に付ければ食べていけるかなと。今思えば、そもそもfreeeのプロダクトが何なのかも最初はよく分かっていませんでした(笑)」

    プロダクトが何かより、とにかく面白そうなものに飛びついたというのが本音だろう。人生の瀬戸際から抜け出すきっかけを得て、闘志に燃えていたに違いない。

    (編集部注:無給を条件に入社した平栗さんだったが、すぐに給料が支給されるように)



    司法試験を三振。
    だが、惰性で沈むことなく、現状打破のために突破口を探す。
    いろいろな職を渡り歩き、ベンチャーでのプログラミング=手に職。

    ■ プログラミング学習の要領は「海外へ転校した子ども」と同じ?

    とはいえ、「学生時代にサークルのホームページを作ったことくらいしか経験がなかった」と話す平栗さんにとって、freeeへの就職はゼロからプログラミングを習得する過酷な日々の始まりでもあった。

    「入社2日目に佐々木からRSpecのファイルを渡され、一言『これ(テストケース)増やしといて』と言われたのがプログラマーとしての始まりでした」

    当時のfreeeは、平栗さんを入れても3人しかいないベンチャーである。2人の上司=創業者の佐々木氏と横路氏にも、彼の教育に時間を割く余裕はなかった。自分で何とかする以外に、選択肢はない。

    そこで彼が選んだのは、すでに佐々木氏と横路氏が書いていたコードを、ただひたすらに読み込むという学習法だった。

    「普通、ゼロからプログラミングを覚えるなら入門書を読んだり、人に教わったりするのが普通なのかもしれません。しかし、そんな悠長なことはしていられませんでした。無給とはいえ、何かしらの価値を出さなければベンチャーにはいられない。『分からない』なんて言える状況ではなかったんです」

    テストケース作成の傍ら、GitHubにあるfreeeのコードをpullしては気になった部分を書き換え、何がどうなって動いているのかをひたすら確認。寸暇を惜しんでコードの解読に没頭していった。

    その結果、1カ月ほどでRailsのCRUDにも慣れ、3カ月目には複雑な固定資産やユーザー権限管理などの機能を作れるようになる。半年が経つころには、銀行やクレジットカードの明細データの自動解析アルゴリズムや、300を超える口座との同期機能をほぼ独力で作れるまでになった。

    入社するまでいっさいプログラミングに触れたことがなかったことを思えば、目を見張る成長ぶりだ。

    RailsやBackbone.jsの複雑なモデル構造や、広い知識が必要になるインフラ周りについては、横路のほか、自分の後から入社してきた経験豊富なエンジニアたちにずいぶん助けてもらった」と謙遜するが、大企業のように教育体制が完備された環境ではない以上、彼の成長は彼自身の努力によるものが大きいことは想像に難くない。何が平栗さんの成長を加速させたのか?

    いわく、「とにかくこの環境の中で生存しなければならないという意識が、学習のスピードを早めた」とのこと。

    「例えば、親の都合で海外に引っ越した子どもが現地の学校に入ると、その国の言葉を覚えようと必死になりますよね? それって、この言葉を身に付けないとこの社会で生きていけない、と死にもの狂いになるからこそできることだと思うんです。僕にとって、プログラミングもこれと同じでした。31歳にもなって無職で職歴なしだった僕の場合、『こいつを習得できなければ俺は死ぬ』という思いがあったので、生き残るために必死に身に付けられたんだと思っています」

    では、長年挑んでいた法律の勉強がうまくいかなかったのと比べて、何が違いとなったのか。

    「やはり、自分で書いたコードでモノが動くのは純粋に楽しかったからでしょうね。エラーが起きたら、100%自分が悪いと分かる点も、法律と違って分かりやすくて好きです(笑)。ユーザーからすぐに反応が来ることも、やりがいを感じますね」



    多少の誇張はあるにせよ、
    『こいつを習得できなければ俺は死ぬ』
    という覚悟をもって事に臨めば、必死にやるだろう。

    「死にたくない。生きたい。」という生命欲求は、最もプリミティブで根源的な欲望であり、あらゆる生物の行動原理/駆動力になっている。

    イーストを使わないパン - 浜村拓夫の世界

    生き物にはホメオスターシス(恒常性維持機能)~「死にたくない、生きたい」という生存欲求がある



    ぬくぬくとした生活に甘え、自己満足と怠惰に陥っていた私にとって、最も足りない要素は、この必死さだろう。(反省)

    ■ 目指すは「頼られるエンジニア」。30代の挑戦は続く

    今年3月の正式リリースを無事終えてからも、ほとんど休みを取らず、つい先日まで睡眠時間も4~5時間程度に抑えて開発に没頭してきた。この1年間で25万行をcommitしたという。最近になってようやく、週末に休みを取るようにした。

    今では社内にエンジニアも増えたことで、幅広い知見を得られるようになった。これからは仕事のコーディングだけでなく、興味ある分野の学習にも時間を割いて、技術力の幅を広げていきたいと語る。

    「これまで期待を裏切り続けてしまった親に『頑張れよ』と応援してもらっていることが一番うれしいですね。何よりこうした状態にまでたどり着けたのは、偶然とはいえ、心から取り組みたいと思える仕事に出会えたからだと思います」

    平栗さんが目指すのは、幅広い知見を備え、勘所を押さえた“仕事ができるエンジニア”。わずか1年足らずのエンジニア経験でここまで到達できたことを思えば、彼の中にはいまだ大きな伸びしろが隠されているはずだ。



    途中て路線変更しなければ、おそらくこういうタイプの方が、フルスタックエンジニアになるのではないだろうか?


    ●天職
    無理しているわけじゃなくて、フロー状態に入れば、これぐらいは誰でもできる。
    =メタンフェタミン等の薬物を使わなくても、50時間程度であれば、気合だけでも不眠不休の作業が可能。

    瞬発力があれば、短期間頑張ることはできる。
    しかし、長期間に渡って継続するには、瞬発力だけだと難しい。

    フロー状態を支えるモチベーションがないと、フロー状態自体が続かないのだ。

    お金の奴隷 - 浜村拓夫の世界

    自分に合う仕事を選んでいるかどうか、非常に簡単な判別方法がある。
    それは、報酬がなくても、その仕事(活動)をやりたいかどうかである。



    プログラマーの醍醐味は、創造主=神になること。
    「コードという名の『神話』を紡ぎ出すことは楽しい」と感じることができたら、ブラック企業のデスマーチで鬱病になるプログラマーは、いなくなるのではないか?

    注目のソーシャルサービスを作った元証券マンがFacebookで学んだこと - エンジニアtype

    もう、自分で企画から開発までできるエンジニアは"神"のような存在なんだなと、価値観が大きく変わりました。



    仲暁子さん(ウォンテッド株式会社代表取締役) - 浜村拓夫の世界

    知恵と力の融合。
    パッションだけでは解決できない。
    具体的に現象を動かす力、技術が必要だ。

    プログラマーの最高の到達点は、「創造主」すなわち、神になること。
    自由自在にプログラムを書ければ、その影響力は、人間の行動原理をも書き換えることができるようになる。



    モチベーション以外で、フロー状態を維持する要素が、ホメオスターシスと。

    喜びを増やす方向=やる気と、苦しみを減らす方向=必死さ。
    モチベーションの土台を築くホメオスターシス。
    エロスに対するタナトス。

    私に足りないものは、分かった。
    では、どうやって補えばいいのか?


     * * * * *


    「死ぬのが怖くない」という心理に陥った人にとって、「死にたくないから頑張る」という手口は、もはや通用しない。
    利己的(=「自分のためなら頑張れる」)から、利他的(=「自分のためではないが頑張れる」)へ、転換するには、それにふさわしい大義名分を用意する必要があるように思われる。


    ●他者の苦しみを契機にする方法
    宇宙に漂う地球という星には、様々な環境で生きている人たちがいる。
    日本という文明国に生まれただけでも、大きなアドバンテージを得ている。

    CPUが遅いとか、メモリが足りないとか、戯言でしかない。
    パソコンどころが、今日食べるものもない人たちだっているんだ。

    私は与えられている条件に対して、もっと感謝すべきだった。
    私のようなボンクラは、自分を追い込むことができないから、必死になる以前の問題として、他者の苦しみに目を向け、さらに、人類の先駆者たちに感謝することから始めないといけないのだろう。


    ●ホットなハートとクールな頭脳
    固く閉ざされた氷のような心を溶かし、魂に火をつけるような情熱は、感謝によっても生み出されるのではないだろうか?

    「感謝や尊敬、憧れは、好きという感情と似ている」
    他者を自分に振り向かせ、好きになってもらう方法として、恋愛感情とは別の迂回経路がいくつか存在している。
    =感謝してもらう、尊敬される、憧れられる等の前段階を経てから、それらの感情と似ている恋愛感情に移行させることができる。
    =ここでは、恋愛心理の話ではなく、パッションを生み出す感情という側面に注目したい。

    本来、好きという感情は執着であり、自分の欲望を他者に押し付けて、見返りを求める「わがままな心」だ。
    =見返りを求めていなければ、そもそも表現する必要がないので、見返りを求めていないけど好きという構図は成立しない。

    ・恋愛と違って、感謝は他人を口説くためにやる必要がない。
    ・感謝は、見返りや報酬を求めているわけではないので、表現してもしなくても自分の中での効果は同じ?
    ・表現する場合、実名でも匿名でもOK。

    脱線したけど、話を元に戻すと、
    ・同時代に生きる他者を気遣い、感謝する
    ・今は亡き先駆者たちの努力に、感謝する

    もしも感謝すらできないのであれば、その次の段階として、利他的(=「他者のためなら頑張れる」)になることは難しいだろう。
    ちっぽけなプライド、傲慢さを一時的にでも棚上げできれば、その代わりにとてつもなく強力なパワーを手に入れることができる。自分のためではないので、減るように見えない、無尽蔵なパワーを。

    利他という心情に触れると、すごいフロー状態に入れるが、慣れないと怖くて、思わず尻込みをしてしまう。
    強力なエンジンを積んだ車がオーバーパワーでステアリングが利かない、エンジンが焼き切れるまで全開で突っ走る、みたいな。
    普通のフロー状態と違って、ノンストップで作業ができるようになる半面、体が付いて来れないと途中でぶっ倒れてしまう。
    潜在意識は、あるかないかのデジタル、100か0かの両極端な状態に近い。
    10とか50とかアナログな中間がないのだ。

    ホルモン的には、ドーパミン的な急激な変化ではなく、オキシトシン的な緩やかな制御が必要なのだろう。
    脳内物質オキシトシンの作用機序 - 浜村拓夫の世界

    脳のしくみからいえば、「幸せになる方法」はふたつあります。
    ひとつは「目標達成」や「夢の実現」によって得られる幸せで、これにはドーパミンと呼ばれる神経物質が関係しています。
    たとえば、試験に合格したときや、試合に勝ったときなどに、このドーパミンが分泌されると、舞い上がるような幸せ感、高揚感がもたらされます。
    もうひとつが、「親切」や「ふれあい」によって得られる幸せです。
    これこそオキシトシンのはたらきによるもので、心に灯がともるような、ほんのりと長続きする幸せ感です。



    「人は 何を いかなる条件に 基づいて 見ているのか?」(ジョン・C・リリィ)
    今日、私は誰かに何か感謝しただろうか?
    =具体的な対象がないと、行動もあやふやになる?

    生存本能、ホメオスターシスを利用して、必死になって努力することができない場合は、別の迂回経路を用意=他者への感謝、他者への貢献を大義名分としたモチベーションを作ってみよう。

    最後に~わざわざ時間を割いて、このブログを読んでくださったあなたに感謝いたします。



    図解 ドラッカー入門 (1時間でわかる)
    森岡 謙仁
    中経出版
    2011-01-25
    1575円







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