ようこそ!浜村拓夫の世界へ

    ブログ内検索

    最近の記事

    ブックマーク数の多い記事

    Blog Translation

    Powered By FC2ブログ

    Powered By FC2ブログ
    ブログやるならFC2ブログ


    FC2ブログ LOGIN

    with Ajax Amazon

    memento mori carpe diem

    このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - memento mori carpe diem あとで読む
    ある本を読んでいたら、
    「memento mori, carpe diem」
    というフレーズが紹介されていた。

    「memento mori」は、人口に膾炙した諺だが、
    「carpe diem」と対句になっていたのかな?と、ふと疑問に思った。

    ●メメント・モリ
    元キャンディーズのスーちゃん、田中好子さんの告別式 - 浜村拓夫の世界

    「memento mori(メメント モリ)」とは、「汝の死を想え」という意味の、ラテン語の決まり文句です。



    今敏さんに学ぶやる気の出し方 - 浜村拓夫の世界

    ●メメント・モリ
    「自分が死ぬとき、何を想うだろうか?」
    未来の自分から、今の自分へメッセージを送ることを想像してみよう。



    メメント・モリ - Wikipedia

    メメント・モリ(羅: memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句。
    「死を記憶せよ」などと訳される。
    芸術作品のモチーフとして広く使われ、「自分が死すべきものである」ということを人々に思い起こさせるために使われ、日本語直訳では「死を思え」、意訳では「死生観」と言える。

    歴史
    古代ローマでは、「将軍が凱旋のパレードを行なった際に使われた」と伝えられる。
    将軍の後ろに立つ使用人は、「将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない」ということを思い起こさせる役目を担当していた。
    そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、それを思い起こさせていた。

    ただし、古代ではあまり広くは使われなかった。
    当時、「メメント・モリ」の趣旨は carpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」というアドバイスであった。
    ホラティウスの詩には「Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.」(今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ)とある。

    この言葉は、その後のキリスト教世界で違った意味を持つようになった。
    天国、地獄、魂の救済が重要視されることにより、死が意識の前面に出てきたためである。
    キリスト教的な芸術作品において、「メメント・モリ」はほとんどこの文脈で使用されることになる。
    キリスト教の文脈では、「メメント・モリ」は nunc est bibendum とは反対の、かなり徳化された意味合いで使われるようになった。
    キリスト教徒にとっては、死への思いは現世での楽しみ・贅沢・手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものであり、来世に思いをはせる誘引となった。



    他人の心って、直接観察することは難しいけど、間接的に可視化することはできる。
    =その人の表情、仕草、言葉遣い、行動パターンとかなら、観察可能。

    「メメント・モリ」と聞くと、自分は「アリとキリギリス」の物語を思い出す。

    人間とは死ぬものである、という至極当たり前のことを、日々忘れて生きている人は、目先の利益しか追い求められない早漏ばかりなんだよなー。


    ●カルペ・ディエム
    その日を摘め - Wikipedia

    その日を摘め(そのひをつめ、ラテン語: Carpe diem、カルペ・ディエム)は、紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスの詩に登場する語句。
    「一日の花を摘め」、「一日を摘め」などとも訳される。
    また英語では「seize the day」(その日をつかめ/この日をつかめ)とも訳される。
    ホラティウスは「今日という日の花を摘め」というこの部分で、「今この瞬間を楽しめ」「今という時を大切に使え」と言おうとしている。



    ホラティウスの詩
    ホラティウスが愛や政治や友情、日常生活、哲学的疑問などを歌った104の詩歌が収められた『歌集』(Carmina)の、第1巻第11歌にこの語句が現われる。
    「その日を摘め(Carpe diem)」はより長い句の一部分であり、句の全体は「Carpe diem quam minimum credula postero」、つまり「明日のことはできるだけ信用せず、その日の花を摘め」である。
    詩全体では、神々がどのような死を我々にいつ与えるかは知ることは出来ず、知ろうと苦しむよりも、どのような死でも受け容れるほうがよりよいこと、短い人生の中の未来に希望を求めるよりもその日その日を有効に使い楽しむほうが賢明であること、が歌われている。
    この詩の意図はエピクロス主義にあり、通常考えられているような快楽主義にあるわけではない。

    一方、旧約聖書および新約聖書には「われわれは食べて飲もう、明日は死ぬのだから」といった語句も現われる。
    一般には両者とも、「人生は短く、時間はつかの間であるから、今ある機会をできるだけ掴むことだ」、というような実存的な警告として使われている。



    関連する語句

    ユダヤ教
    ミシュナーの時代のラビ達の倫理的な教えを集めた「Pirkei Avot」(父祖の教訓)1章14節には、「もし今でなければ、いつ?」という語句が現われている。



    あー、あれだ! → 「いつやるか? 今でしょ!

    いつやるか? 今でしょ!
    林 修
    宝島社
    2012-03-10
    1260円



    ●独立した警句
    メメント・モリとカルペ・ディエムの由来は分かった。

    ・元々、両者は別の警句であり、最初に言った人は別人。
    ・似たような意味を持っているので、セットで使われる場合もある。
    ということだった。



    関連記事

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバックURL:
    http://hamamuratakuo.blog61.fc2.com/tb.php/947-cd37bcd8

    FC2Ad