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    人間の4分類

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    唯物論と因果律について検討することによって、人間は4種類に分類できることが分かった。

    人間の4分類


    言い方を換えれば、「自分」と「世界」の成り立ち方、および両者の相互作用に関して、人間として得られる経験・認識・理解には、4つのパターンがある、ということである。

    ●自他の区別
    ・人間は、「誕生」を契機として、「自分」という存在が「ある」と考え始めるようになる。
    ・次の段階で、自己を取り巻く「世界」の存在が「ある」と考え始めるようになる。

    この段階で、「自己という存在」と「自分以外の存在」を別個のものとしてとらえる「自他の区別」が生じている。
    従って、誕生直後の、人間の原初の意識状態は、自他の区別という二元的な観念によって形成されていると言えるだろう。

    ●内側と外側
    自他の区別は、
    (1) 時間的
    (2) 空間的
    な基準・境界線によって規定されるが、両者は分かちがたく結び付いている。

    ベン図 - 否定
    上記の集合Sで、集合の構成要素を「自分(=P)」と「自分以外のもの(=Pの否定)」として見た場合、
    「自分」という存在を規定すれば、自動的に「自分以外のもの」=「他」が規定されることが分かる。

    (1) 時間的な境界線を設けて、自分を規定する場合、肉体の有無に着目して、
    (1-1) 生まれる前
    (1-2) 生まれてから死ぬまで
    (1-3) 死んだ後
    という3つの議論領域に分割できる。
    一般的に、自分という存在が「ある」という状態は、肉体を有している上記(1-2)の場合である。
    従って、それ以外の状態、すなわち(1-1)の「生前」と(1-3)の「死後」は、肉体がない状態なので、ここでは等価(=共通)として扱っておく。

    (2) 空間的な境界線を設けて、自分を規定する場合、肉体の物理的「形状」に着目して、
    (2-1) 自分の内側
    (2-2) 自分の外側
    という2つの領域に分割できる。
    (2-2)の「外側」に、「自分」以外のもの=他者を含む「世界」が存在している。

    「自他の区別」において、(2)の自分の「内側」と「外側」の分割を採用し、自分と世界の成り立ちについて検討すると、人間は4種類に分類できる。

    ●自分と世界の成り立ち
    以下の2つの設問によって、人間のタイプを4つに分類できる。

    問1 (自分について) 死後の世界はあるか?
    問2 (世界について) 偶然はあるか?


    この問題の背景にある命題は、「唯物論」(=問1)と「因果律」(=問2)である。
    この二つの問題の答は、個人的な体験(クオリア)から、
    問1の答:ある
    問2の答:ない
    が正解である、と私は考えている。

    インターネットで新しい文明を築く - 浜村拓夫の世界

    ●文明の形成機序
    日本人は、単にアニメ等の娯楽文化を海外に輸出するのではなく、新しい文明を創造できる情報を提供すべきである。
    日本人の才能を合わせれば、インターネット上にコスモポリタンの文明を築くことができるのではないか?
    そのためには、人々に二つの質問をして、正解を提示する必要がある。

    問1 唯物論ですべての現象を説明できるか?
    問2 偶然はあるか?
    (物質と情報の泉源について、あなたは矛盾のない説明ができるだろうか?)



    ●唯物論
    唯物論 - Wikipedia

    唯物論(ゆいぶつろん、英: Materialism)は、事物の本質ないし原理は物質や物理現象であるとする考え方や概念。
    非物質的な存在や現象については、物質や物理現象に従属し規定される副次的なものと考える。
    対語は唯心論。



    マルクスが生きた時代から比べると、科学の知見はより進展している。
    唯物論の科学的根拠が、フォイエルバッハ止まりであるとすれば、あまりにも時代遅れであると言わざるを得ないので、最新の量子物理学の知見を取り入れて、唯物論を再構築する必要がある。

    ●唯心論
    唯心論 - Wikipedia

    唯心論(ゆいしんろん)とは、人間社会において、心、もしくはその働きこそは至上の要因であるとする哲学の立場。
    その反対が、唯物論になる。
    なお仏教の唯識論と似ているが最終的な点で異なる。

    仏教ではその識(心の作用)も仮のもので夢幻の存在であるとして否定する。
    ここにおいて唯心論と唯識論は最終的に異なる。



    性質二元論 - Wikipedia

    性質二元論(Property Dualism)は、心身問題に関する形而上学的な立場のひとつで、この世界に存在する実体は一種類だが、それは心的な性質と物理的な性質という二つの性質を持っている、という考え。
    同じ二元論に分類される実体二元論が、物理的実体とは別に、魂や霊魂といった心的実体を置くのに対し、性質二元論は一種類の実体だけを置く。

    そして、二つの異なる性質に関して、一方を他方に還元することができない、一方から他方が創発することができない、と考える。
    この点で物理主義や観念論といった一元論と立場を分かつ。

    現代の心の哲学の分野で議論される二元論は、実体二元論でなく、基本的にこの性質二元論と呼ばれるタイプの二元論である。
    二つの性質として、物理的なものと意識の主観的な側面(現象意識やクオリアなどと呼ばれる)の二つを考えることが一般的である。
    性質二元論に分類される立場の代表的な例に、デイヴィッド・チャーマーズの唱える自然主義的二元論がある。



    西暦2011年現在、人間の肉体のメカニズムを、物理的・化学的に解明していくアプローチにおいて、完全な代謝マップを完成させたとしても、なお、意識のメカニズムは物質の挙動だけでは説明しきれない部分が残されてしまうと認識している。
    一例を挙げるならば、有形の「物質」ではない、無形の「情報」がある。
    「記憶」のメカニズムを解明するにあたっては、情報の二相理論を介在させる等して理論を組み立てないと、説明できない部分が出てくるだろうと予想している。

    代謝マップ - Wikipedia

    代謝マップ(たいしゃマップ)とは、生物における代謝の経路(パスウェイ)あるいはそれらからなるネットワークを図式化したものをいう。



    意識 - Wikipedia

    プロトサイエンスにおける意識
    探求者の立場により定義、内容もさまざまで、大胆な仮説が多く、議論が分かれているのが現状である。



    ●因果律
    擬似乱数:浜村拓夫の世界

    数学や科学の分野の知見を調べると、因果律の完全な証明=どんな人にでも理解できる因果律の理論というものは、まだ発見・発明されていないようだ。
    逆に、因果律が成立しないことを証明するためには、完全な「偶然」による現象の存在が提示、証明されなければならない。



    因果性 - Wikipedia

    因果性(causality)とは、何かある物事が他の物事を引き起こしたり生み出している、とされる/する、結びつきのことである。

    因果律
    因果律とは、「いかなる事象も時間的に過去に起こった事を原因として起こる」とする考え方である。

    また相対性理論の枠内においては、「情報は光速を超えて伝播することは無く、光速×時間の分以上離れた距離にある二つの物理系には、時間をさかのぼって情報が飛ぶ事無しに、上記の時間内に情報のやり取りは起こらない」と前提的に想定・主張されている。物理学の範疇ではこの「光速を超える情報の伝播は存在しない」という相対論の想定を指して因果律と呼ぶことも行われている。

    しかし、このような考え方・主張は、直接に実験等の方法によって証明されてはいない。またこの命題が何らかの手続きで反証できる形式を十分に満たしているとは考えられていない。

    科学の歴史において、有力とされ、検証を重ねられてきたと信じられて、用いられてきた(ほとんどの)物理法則・理論等は、(少なくとも見かけ上の)因果律の存在を大前提としなければ厳密には成立しない、ということになる。
    古典的な定義から離れ、“時間軸上のある一点において状態関数が決まれば以降の状態関数は自然に決まる”という、量子論的なルールを因果律と捉えると、量子論的領域でも因果律は保たれる。一見因果律が破れているように見える思考実験であるEPR相関においても、実際光速を超えているのは状態関数の波束の収束速度であり、状態関数そのものが演算子によって書き換えられる(つまり情報を受け取る)わけではなく、因果律は保たれている。と主張する人もいるという。

    いずれにせよ、因果性に関する言明は形而上学的な言明であるので、 科学的立場に立ちつつ、因果律を完全肯定することや、完全否定することは、どちらも困難である。

    20世紀も半ばになると、確率論、統計学、量子力学も大きな発展をとげ、特に量子力学は、全ての事象は(先行する物理的状態と結びつけることは困難なしかたで)確率的に起きている、ということを実証し、因果律という考え方は後退することになった。ニールス・ボーア(1885-1962)も、"因果律"というのは、あくまで人間的なスケールにおいて限定的に、あたかも成り立っているように見えているにすぎない、近似として成り立っているにすぎない、微視的なスケールでは成り立っていない、と釘をさした。



    偶然 - Wikipedia

    偶然(英:contingency)とは、必然性の欠如を意味し、事前には予期しえないあるいは起こらないこともありえた出来事のことである。副詞的用法では「たまたま」と同義。ある程度確実である見込みは蓋然と呼ぶ。対語は必然。

    偶然性と決定論
    偶然は、言葉として用いられるだけでなく、哲学や科学の分野において研究され、「偶然はそもそも存在せず全てが必然である」という立場を唱える学説(決定論)もある。

    決定論によって仮定される全てを見通すような存在であるラプラスの悪魔のような存在は、物理学では、ハイゼンベルクの不確定性原理によって否定されている。不確定性原理が含まれる量子力学によって決定論が覆されそうになった時、その量子力学の創始者の一人であるアインシュタインは「神はサイコロを振らない」として決定論の正当性を訴え量子力学のEPRパラドックスなどを提示した。しかし、ベルの不等式により定式化されたこの「パラドックス」は、後年実験的に確かめられてしまい、パラドックスではなくなった。現在、量子力学の解釈で(観測問題)アインシュタインの立場を採る学者はほとんどいない。したがって、現在の物理学では決定論の立場を採る学者はほとんどいない。



    人間の認識能力、サンプリング能力によって、「必然」と「偶然」の見え方は分かれてくる。
    現象のメカニズムが見えない人間にとっては、「偶然」であり、現象のメカニズムが見える人間にとっては「必然」となる。
    「蓋然」というのは、現象のメカニズムが部分的に見えていない、ということを意味している。

    人間が対象を認識する方法には、一つの欠陥がある。
    それが、いわゆる「観測問題」だ。

    観測問題 - Wikipedia

    観測問題とは、量子力学の実験結果が、観測前は波動関数(確率に関係する量)で表現される重ね合わせと呼ばれる状態であったと推定される痕跡があるのに対して、観測後の状態があたかも波動関数が収縮したかのような一つの状態に確定していることについて、現実に見合った理論が構築できないばかりか、それ以前の問題として、現実に起きている現象を推定することが困難である(例としてシュレーディンガーの猫が挙げられる)ことである。
    観測問題の根本には、観測が何を指すのかさえ明確に定義することができないという問題がある。
    理論的には、波動関数の時間発展は決定論的であるのだが、どの波動関数に収縮するかということは確率論的なものであるために、量子力学の数学的枠組みで記述できないという問題点がある。

    いずれにしろ、観測問題を解決した解釈は未だにない。



    ●観測問題の解決
    ・観測者=人間=主体
    ・観測対象=世界=客体
    観察方法、すなわち主体と客体の合一を図る方法が稚拙であるがゆえに、現代の物理学では「観測問題」を解決できない。
    量子的な重ね合わせの状態=コヒーレンスを保ったまま、状態を把握する方法はあるのだろうか?

    コヒーレンス - Wikipedia

    コヒーレンス(Coherence)とは、波の持つ性質の一つで、干渉のしやすさ(干渉縞の鮮明さ)を表す。

    干渉とは、複数の波を重ね合わせるとき、波が打ち消し合ったり強め合ったりすることをいう。
    干渉を明瞭に観測するには重ね合わせる波同士の位相・振幅に、一定の関係があることが必要である。
    2つの波の振幅と位相がランダムに変動する場合、合成される波の強度もランダムに変動し、干渉縞は得られない。
    2つの波の振幅・位相に一定の関係があり、干渉縞を作ることが出来る場合、それらの波は相互にコヒーレントであると形容する。
    両者の振幅・位相関係がランダムに変化し、干渉縞を作れない場合は相互にインコヒーレントと形容する。

    コヒーレンスという概念は、複数の波の相互の関係だけでなく、一つの波についても適用される。
    ある一つの波の異なる2つの部分を取り出したとき、それらの位相・振幅に一定の関係があるかないかによって、その波はコヒーレントまたはインコヒーレントと形容される。

    マクスウェルの方程式の解として表される古典的な平面波は、その振幅・位相が定数で表されるため、完全にコヒーレントな光である。ところが量子光学によれば、電磁波の振幅と位相とを同時に正確に定めることは出来ず、したがって現実には完全にコヒーレントな光は存在しない。もし振幅・位相の一方を厳密に定めると他方は完全にランダムになってしまう。このような光はスクイーズド(圧搾)光とよばれ、(太陽光などとは異なる形で)もっともコヒーレンスの低い光である。



    理論的には、時間的変化のない状態に観測者が存在しない限り、観測問題は解決できないのではないか?
    現実的には、人間自身が、経時的変化が消滅した状態=時間が止まった状態に存在できるのか?と問えば、普通に考えれば無理という答になるだろう。

    「時間を止める」とは、言い方を換えれば「時間=変化が発生する以前の状態に戻る」ということである。
    時間の本質は、無常、すなわち、動いていること、常に変動している状態によって、もたらされていると言えるだろう。
    一切が動いていない状態、止まっている状態では、時間がない、時間が止まっていると言えるのではないか?

    生身の人間で時間を止める方法があるとすれば、「止観」等の技法を用いて、意識における時間の流れをコントロールする手段があるぐらいだろうか?(他にあるだろうか?)

    止観 - Wikipedia

    止観(しかん)とは仏教の瞑想のことである。サンスクリット語から「奢摩他(サマタ)・毘鉢舎那(ビバシャナ)」と音訳されることもある。

    仏教では瞑想を「止」と「観」の二つに大別する。止(サマタ瞑想)とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。また観(ヴィパッサナー瞑想)とは、不動の心が智慧のはたらきとなって、事物を真理に即して正しく観察することである。このように、止は禅定に当たり、観は智慧に相当している。「止」だけでなく「観」を重視するところに、仏教の瞑想法の特徴がある。



    人間の認識能力、サンプリング能力の改善策として、止観は、できないよりはできた方がいいだろう。

    せっかちな人がいるかもしれないので、注意すると、単純に人間が死んだだけでは、死者の時間が止まるわけではないので、自殺には全く意味がない。

    ●4種類の人間に応じたコミュニケーション
    唯物論と因果律の是非によって、人間は、異なる自己認識と世界観を形成し、異なる価値観を有する状態となる。
    考え方の違う人間同士が、円滑なコミュニケーションを行うためには、お互いの認識の相違点を踏まえた上で、齟齬を減らすように努めるしかない。

    問1 唯物論ですべての現象を説明できるか?
    問2 偶然はあるか?
    という2つの質問は、相手がどういうタイプの人間なのかを知ることができるので、円滑なコミュニケーションの一助となるだろう。
    さらに言えば、上記の問いに対して、正解は4つのうちの1つしかないわけだから、正解を解明する努力も行うべきである。

    「私は正しいが、あなたは間違っている」という排他的なセクト主義者の欠点は、正解を示す努力を怠っていることである。
    セクト主義者は、怠惰かつ無智であるがゆえに、正解の説明をしない/できない。

    ソーカル事件 - Wikipedia

    ソーカル事件とは、ニューヨーク大学物理学教授(専門は統計力学、場の量子論)だったアラン・ソーカル(Alan Sokal、1955年-)が起こした事件。
    数学・科学用語を権威付けとしてでたらめに使用した人文評論家を批判するために、同じように、科学用語と数式をちりばめた無意味な内容の疑似哲学論文を作成し、これを著名な評論誌に送ったところ、雑誌の編集者のチェックを経て掲載されたできごとを指す。
    掲載と同時にでたらめな疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった。



    数学を理解できないドアホの文系人間はともかくとして、数学に熟達している理系人間、正解を知っている人間には、説明責任~分かりやすく説明する使命があるのではないだろうか?
    その説明を誰もしないのであれば、私がやるしかないだろうか?
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