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    法律は人を苦しめるためにあるのか?

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    頭がいい人が優しいとは限らない。

    まさにその事例にピッタリの人物がいた。
    裁判官だった「阿部文洋」だ。

    ●西武池袋線小林事件
    つぶやきいわぢろう | 耳を疑いました…西武線痴漢事件“指が動かないのに”控訴棄却 2008.01.17

    西武池袋線小林事件
    05年3月18日西武池袋線石神井駅で当時62歳だった小林さんが電車の中で女性の下着に手を入れ指で膣内に指を入れたとして私人逮捕された。犯行を否認する小林さんはそのまま33日間拘留される。
    裁判では目撃証言と小林さんの着ていた上着の種類、色も違い、背の高さも違う。また小林さんは膠原病という病気を患っており、指の関節が曲げられない、また併発していた狭窄性腱鞘炎のため曲げ伸ばしは著しく困難な状況であった、と主張するも1審では1年10ヶ月の有罪判決だった。このときの白坂裕之裁判長は検察から裁判所との交流のために裁判官になり、この判決の4ヵ月後検察庁に戻り再び検察官になっている



    証拠がなくても有罪にできる…日本の裁判は茶番劇だ。
    法律の運用がデタラメなので、法律があっても全く意味がない。
    法律の目的は、日本国民を法律で縛り、納税の義務を課すだけなのか?

    (続報)
    つぶやきいわぢろう | 「最後まで戦います」~西武池袋線“痴漢”事件続報 2008.01.19
    つぶやきいわぢろう | 小林さん、19日午後1時…収監 2010.10.20
    つぶやきいわぢろう | それはあなたと検事の約束であって私たちとの約束ではないという拘置所…小林さんの現況 2010.11.10

    検事が約束した静脈注射はいまだ行わておらず、小林さんの指先は真っ白になってろう人形のようだったと言います。
    収監前に検察官に拘置所でも静脈注射を打ってもらえるのかと聞いたら『もちろんです』と担当者は即答したんです。
    静脈注射を打たないと指先から壊死していきます。これまで週に3回打っていた静脈注射をこの3週間、一度もされていないので指先が蝋人形のように真っ白になっています。血が行き届いてないようで爪も紫色になっていました」



    薬を与えず、じわじわと衰弱させて、死ぬのを待つ。
    死人に口なし=死んだら、冤罪もうやむやにできる。

    これは、国家による合法的な殺人の手口といえよう。
    人間を裁く権力を与えられた検察官と裁判官、法務省は、老齢の小林さんを殺す気満々だ。

    膠原病で指が曲がらない老人が痴漢をしたという判決。 : ひろゆき@オープンSNS

    膠原病強皮症で関節が曲がらず、チョークが持てなくなって小学校の先生を辞めた人が痴漢をして有罪判決を受けているそうです。

    女性の下着の中に指を入れるという犯行をしたそうですが、医者によると、痛みで指が曲がらないため、100%近く無理だそうです。

    そして、痴漢の証拠が無いので、目撃証言だけで判決が出たわけですが、その証言でも着ている服がそもそも違うという証言。。。

    んで、この判決を下した、東京地裁の裁判官は、元々検察官で、一時的に裁判所に赴任していただけで、既に検察庁に戻ってるそうです。

    ということで、検察庁が証拠を捏造したりしている昨今ですが、裁判所もアレなのかもしれないですね。。



    判検交流 - Wikipedia

    判検交流(はんけんこうりゅう)とは、日本の裁判所や検察庁において、一定期間、裁判官が検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流制度のことである。

    問題点
    裁判官と検察官の馴れ合いを生むと批判されている。
    たとえば、法務省の訴訟検事として国の代理人を務めた裁判官出身者が裁判所に戻って、国を相手取った賠償請求訴訟を担当するのは裁判の公正を損なうと日本弁護士連合会などから指摘されている。
    また、検察官と裁判官が密接になることによって捜査情報が漏洩しやすくなることも指摘されている。



    ●人間の判断の誤謬性
    人が人を裁く。
    しかし、人間の判断に、間違いが全くないという保証はどこにあるというのか?

    裁判官といえども、所詮は人間であり、ミスを犯す存在なのである。

    つぶやきいわぢろう | 耳を疑いました…西武線痴漢事件“指が動かないのに”控訴棄却

    裁判官は弁護側の主張をすべて退けました。

    判決後法廷は騒然となりました。
    「裁判長、質問です!」
    口火を切ったのは息子さんでした。
    なんで犯人が特定できないのに、犯人なんですか
    「退廷しなさい」

    「カルテにはずーっと膠原病って7年前からなってるじゃないですか」という奥さんの声。「不当判決!」という抗議の声々。
    「退廷しなさい」

    「もう閉廷しているんだから何言ってもいいはずだ」という抗議。
    「退廷は強制ですか?」
    「任意で退廷してください」と係官。



    裁判官になる人は、司法試験に受かるぐらいだから、勉強はよくできたことだろう。
    しかし、「自分は正しいが、他人は間違っている」という思い上がりから、他人の意見を聞くことはなく、他人が苦しんでも構わないという「冷淡さ」を持ち合わせている。

    あと49日 - 浜村拓夫の世界

    人間のエゴ(自我意識)は、究極的には「自分さえ良ければ、他人はどうでも良い」という状態に至ります。
    綺麗事を抜きにすれば、人間は自分のことしか考えていないのです。



    きちがいへの対応方法 - 無抵抗・非協力 - 浜村拓夫の世界

    * 良心の異常な欠如
    * 他者に対する冷淡さや共感のなさ

    * 行動に対する責任が全く取れない
    * 罪悪感が全く無い
    * 過大な自尊心で自己中心的

    サイコパスは異常であるが病気ではなく、ほとんどの人々が通常の社会生活を営んでいる。



    つぶやきいわぢろう | 耳を疑いました…西武線痴漢事件“指が動かないのに”控訴棄却

    「顔を確認してないのに犯人になるんですか」
    「退廷してください」

    「主人が死んじゃいます。これは人権問題です」と抗議する奥さんを係官がつかみます。
    裁判官は「退廷させなさい、退廷させなさい」と繰り返します

    座ってメモを取っている僕に対しても「座っている方も退廷しなさい」と命令します
    奥さんはなおも「最初から見てください。最初の捜査から見てください。主人の命がなくなったら私はどうしたらいいんですか」と抗議します。

    「孫が生まれてその1週間後にそんなことするわけないじゃないですか」
    「目も痛いんです、耳も痛いんです」
    「退廷してください、退廷してください」

    「人権の問題です」
    「あなた達は命のことを考えないのですか!」
    「静かにしてください」

    被告の小林さんはジッと顔を手で覆ったまま動きもしませんでした。



    二言目には、「出て行け!」の一点張りと。
    まさに「邪魔者は消せ!」という排他性と通底している、むき出しの嫌悪。
    少々厳しい言い方になるが、この裁判官の品格は、下劣という以外の何ものでもない。

    この判決を書いたのは阿部文洋という裁判長です。またしても忘れてはいけない裁判官の名前が増えてしまいました。

    とは言うもののここまで来ていると個人の資質の問題というより、組織として、そういう機関だということですだね。



    阿部文洋 - Wikipedia

    阿部 文洋(あべ ふみひろ、1945年6月6日 - )は、日本の元裁判官。愛知県出身。東京大学卒業。千葉地方裁判所所長、東京高等裁判所第8刑事部総括判事などを歴任。

    * 1968年 司法修習生(名古屋、22期)
    * 1970年 東京地方裁判所判事補任官

    * 2004年 東京高等裁判所第8刑事部総括判事
    * 2010年 定年退官



    冤罪によって他人の一生を台無しにしても、裁判官は謝罪しない

    冤罪を肯定する日本の裁判官 - 浜村拓夫の世界

    裁判官も人間であり、完璧な存在ではありません。ときには間違った判断をします。

    足利事件 最高裁・地裁8裁判官に質問
    検察と警察は6月4日の菅家さん釈放後、相次いで謝罪したが、裁判所は謝罪していない。
    菅家さんは記者会見などで「裁判官にも謝ってもらいたい」と語っている。



    全体は部分から成る。
    まぎれもなく、この日本における出来事。日本の裁判官の実態。

    サイコパス(きちがい)でも、勉強ができれば裁判官になれる。
    人を見るときは、学歴や地位の高さで判断しない方が良い。

    ●Fallibility
    ジョージ・ソロスは、Fallibility(ファリビリティー、人間の判断の誤謬性)を主張した。
    間違えるのは仕方がないが、いかに早く軌道修正できるかで、その後の結果は全く違うものとなる。
    間違えても軌道修正しない人には、破滅の道しかない。

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    ジョージ・ソロス 越智 道雄

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    中心となるキーワードが誤謬不可避性。人間の理解力は生まれつき不完全で、我々は必ず過ちを犯す。そのことを認識し、受け入れ、過ちを修正することで社会は進歩する。



    2007/5/22 By mini1 "タロウ"
    ソロスの哲学はポッパーの提唱した「オープン・ソサエティ」が土台になっています。
    オープンソサエティとは、誤謬性(ごびゅうせい:人間は不完全であり必ず過ちを犯すという意味らしい)を前提として、その過ちを適宜修正することにより発展する社会のことを指し、ソロスはそのような社会が民主主義の基本であるべきだと考えているようです。



    日本の裁判官は、自らの間違いを謝罪、修正しない。
    「証拠がなくても、有罪にできる」という裁判は、一体何を意味しているのだろうか?
    この誤謬は、将来日本にどのような結果をもたらすだろうか?

    答は簡単だ。
    法の下における平等がなくなる、という当然の帰結に至る。

    ・法治国家であっても、法の運用が適正になされず、冤罪が発生する。
    ・くしくも、裁判所こそが、秩序破壊の元凶となる。

    ●ストップ・ザ・冤罪!
    もう、日本の裁判所はダメだ。
    堕落しきった法曹~腐敗した裁判所を再構築するための仕組みが必要だろう。

    討論型世論調査による民主主義の改良 - 浜村拓夫の世界
    インターネットを活用すれば、日本人全員が連帯することも可能だ。
    法曹~検察、裁判所、弁護士の活動を監視&評価するWebサービスを作ってみたら良い。

    法律は人を苦しめるためにあるのか?
    本当の意味での「優しさ」とは何だろうか?

    …その答を手に入れるまで、あきらめることなく、追いかけ続ける。



    You are the reason
    Though our world is comin' down
    Don't hide away


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