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    人生の不良債権を回収する方法

    このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 人生の不良債権を回収する方法 あとで読む
    分裂勘違い君劇場」というブログに興味深い意見があった。

    人を「子供」と「大人」という2種類に区分して観察しようとすると、取りこぼしや見誤りが発生する。
    「子供」と「大人」の境界線はどこにあるのか?
    年齢を基準にして人を区分するなら、「成年者」と「未成年者」というような定義のハッキリした言葉で表現する方が、過不足がないだろう。
    定義が曖昧な言葉は、齟齬の原因になる。

    あなたは自分の人生の経営者です。子供たちも既に自分の人生を経営しています。

    「先のことは分からないから、将来どんな知識が必要になるか分からない。
    だから、今のうちに、たくさんのことを、よく勉強しておきなさい。」
    と言うのは、
    「先のことは分からないから、将来どんなビジネスが儲かるか分からない。
    だから、いまのうちに、たくさんのビジネスに、たくさん投資しておきなさい。」
    と言っている、無能な経営者と同じです。

    ポートフォリオ戦略を考え抜いて分散投資するのではなく、
    安易な思いこみで分散投資しまくれば、不良債権の山が築かれるだけです。


    以下、長い前置きが続く。この前置きが興味深い。

    重要なのは、
    「幅広く大量に投資すること」
    ではなく
    「投資効果を考えて、戦略的に投資すること」
    です。
    投入できる資金(時間と努力)はごくわずかなのですから。


    何かの分野で達人、スペシャリストになりたい場合、一点に集中した方が結果が早く出る。
    「広く浅く」よりも「深く狭く」の方が、必要な閾値を越えやすいのだ。

    投資戦略立案に必要なものは、たとえば、以下のようなものです。

    ●自分を待ち受ける未来の状況の予測。
    ●自分の強み、コアバリュー、コアコンピタンスの洗い出しと、育成の可能性検討。
    ●自分の弱み、脅威、リスクの洗い出しと、克服の可能性検討。
    ●弱みを無効化し、強みを生かして、最大のリターンを得る将来ポジショニングパターンの洗い出し。
    ●そのポジショニング(落としどころ)へ持ち込むためのシナリオパターンの洗い出し。


    ・敵(=ターゲット、目標)を知り、己(=コアコンピュタンス)を知れば百戦危うからず。
    ・ピーター・ドラッカーの「すでに起こった未来」だな。未来とは、現在が投影されたものに過ぎない。今あるシナリオを演じることが、未来を形成するのだ。

    なにより、生まれつきの頭の良さは個人差が大きく、手持ちの資金量は、経営者によって全然違います。


    人は、金太郎飴のように均質な存在ではなく、歴然とした個人差がある。
    =自分とまったく同じ人間は、二人と存在していない。

    手持ちの資金量に見合わない無謀な投資を行えば、戦略遂行途中で資金が尽きて、経営破綻します。
    手持ちの資金量に見合った経営戦略を構築しなければなりません。



    個人差は、人の内側(心)と外側(肉体、および肉体を取り巻く生活環境)の両方に存在する。
    違う人間同士を混在させて、全員同じになれ!という注文は、個人差の性質について理解しているとは言えない。
    カール・マルクスや共産主義が提唱した「階級闘争」(=下克上。上を叩き潰して、下に合わせろ)によって、外側の個人差を解消できないのは、片手落ちだからだろう。

    そもそも、この惑星上には子供などいません

    「大人は仕事をし、子供は勉強をする」などということはありません。
    子供は勉強などしていません。
    子供は仕事をしているのです。



    経営、投資という視点で人間の行動を読み解くと、子供と大人という単純な区分は、あまり意味をなさないということだな。

    仕事は、次の2つのステップで行います。

    (1)投資:仕事に必要なスキルと知識を獲得する。
    (2)回収:その知識とスキルを使って仕事を片づける。

    このうち、大人は(1)と(2)の両方をやりますが、子供は(1)に専念しています。

    子供は、スタートアップ時期のベンチャー企業みたいなもので、全く売り上げがないまま、ひたすら商品開発に専念しているわけです。



    人の成長を、ベンチャー企業の立ち上げと対比すると、似ている部分があると。

    そして、これは、仕事だけでなく、遊びも同じです。
    たとえば、タイ旅行をより楽しむなら、
    (1)投資:タイの歴史、地理、文化、タイ語などの知識を獲得する。
    (2)回収:その知識とスキルを駆使して、旅行を味わい尽くす。
    となります。

    そして、知識投資は、次のような性質があります。
    通常の経営戦略立案方法が流用できるところと、そのまま適用できないところの両方があります。

    ●投資が回収できず、不良債権化することがよくある
    ●早期に投資したほうが、資本回転率がよくなる。
    ●早期のステージでしか訪れない重大な投資チャンスが多い。
    ●お金よりもむしろ、時間と努力を投資する。
    ●回収すべきは、お金ではなく、「すばらしい人生」である。


    不良債権化するのが見え見えの知識を獲得するために、やりたくもないつまらない勉強をするくらいなら、思いっきり友達と遊んで、今を楽しんだ方がはるかにマシです。回収できない投資をするくらいなら、そのお金を使って楽しんだ方が、はるかにマシです。



    投資と回収は、すなわち原因と結果であり、ないものねだりはできないということだ。
    人生の不良債権=結果が得られていない状態は、条件設定が不適切だからだ。
    種をまいても、「空気」「水」「温度」等の条件が揃わなければ、発芽しない。

    あと、本論に入る前に、もう一つ。
    この惑星上には、そもそも大人などいません。
    ただ、65億人の子供がいるだけです。



    「子供」なんていう概念・区分は実体を伴わないものではないか?と提案して、さらに「大人」という概念・区分も実体が伴わないと畳み掛ける。
    論の展開がうまいですね。話の流れとして読みやすい。

    幼い子供が、少しだけ年上の子供に、「どうして勉強しなきゃいけないの?」と訊いているだけなのです。
    「大人はその答えを知っていて、子供はその答えを知らない」などということはありません。
    そのちゃんとした答えを知っている「大人」などという生き物はいないということを、まず認めるべきです。



    年齢を重ねれば賢くなるという発想は、単なる幻影にすぎないと。

    つまり、子供も大人も、自分の人生の経営者であるという点では同じなのです。
    子供もすでに自分の人生を経営しているのです。
    大人が子供にアドバイスするというのは、単に経験の浅い経営者に対して、それよりは少しだけ経験の多い経営者がアドバイスしているだけのことなのです。
    このことの自覚がないと、子供にダメなアドバイスをしてしまいかねません。



    ベクトルには、「向き」と「長さ」の要素がある。
    単に年齢を重ねて得られるものは、経験の「量」であり、「質」ではないのだ。

    子供の質問に対する、大人のダメな回答は、次の二つのパターンに分類できます。

    (A)正しいことを答えているけど、伝え方がダメ。
    (B)そもそも大人自身が答えを分かってない。

    全ての大人は、この(B)を自覚するところから、はじめるべきだと思うのです。



    ソクラテス曰く「無知の知」と。

    これは、ビジネスにおける、営業提案のプレゼンと同じです。

    (A)提案するソリューション自体は良いのに、プレゼンの仕方が下手で、相手に伝わらなかったり、誤解されたりする。
    (B)見せ方をいくら取り繕っても、元となるソリューション自体がダメなので、お客さんのかかえる問題が解決できない。

    で、普通にちゃんと仕事のできる営業マンは、次の3つのステップで営業提案書を書きます。

    ステップ1:(B)問題を正しく把握し、正しい結論をしっかり見定める。
    ステップ2:それに基づいて、(A)今の時点ではどのような見せ方をしておくか、を考える。
    ステップ3:最後に(A)をパワーポイントの営業提案書に落とす。



    パワーポイントについて一言。
    ここは別に突っ込みどころというわけじゃないけど、コンピューター学者のアラン・ケイは、
    「Power Pointをプレゼンテーションに使うというのは本来ばかげている。人々が作っているものは、Power Pointよりも強力なもの(powerful)のはずなのに、Power Pointというより弱いものに載せために、もともと持っていたパワーを捨ててしまわないといけない。なぜ、自分が作っているそのものを見せるようにしないのだろうか。」
    と言っているようですが。

    ということで、ここでは、ステップ1の、
    そもそも、子供の「どうして勉強しなきゃいけないの?」に対する適切な回答はなんなのか?
    について考えているわけです。

    で、ようやく本論にはいります。
    そもそも、経営戦略の立案において、まずやるべきなのは、次の二つをセットにしたものです。

    ●厳しい現実を直視する
    ●「最後には必ず成功する」という信念を持つ


    つまり、一切の希望的観測を捨て、どんなに絶望的な現実からも、決して目を背けず、直視することです。
    そして、そのような厳しい現実にもかかわらず、最後には必ず「すばらしい人生」にできるし、してみせる、という信念を持つことです。
    この厳しい現実には、自分の運動神経の鈍さとか、頭の悪さとか、容姿の悪さとか、劣悪な家庭環境とか、今後斜陽になるかもしれない日本経済とか、醜悪な大人の嫉妬心、傲慢、政治ゲームも含まれます。

    そして、まず、子供に対して大人がやるべきなのは、大人の世界の真実を、子供に見せることです。
    そのとき、注意しなければならないのは、必ず、次の二つをセットで見せることです。

    ●大人の世界の汚い現実を見せる
    ●その汚さの中に浮かび上がる、美しい真実を見せる。


    このとき、次のようなポイントを意識する必要があります。
    ●子供は、真実を知りたがっている。
    ●子供は、欺瞞のある大人と、真に誠実な大人の違いを感じ取る。
    ●子供は、子供用の回答ではなく、大人用の回答を知りたがっている。



    綺麗事ばかり言っていても、物足りないだけ。
    長所だけをまくし立てて、短所は説明しない営業マンのトークと同じ。

    たとえば、小学生の女の子は、大人と同じお化粧をしたがります。
    いかにも子供用のデザインの携帯電話ではなく、大人用の携帯電話を欲しがります。
    子供は、大人の世界を味わいたいという欲求を持っています。

    なので、最初に、「大多数の大人は、かなり子供だ」という事実を、
    こどもにばらしてしまってはどうでしょうか。

    たとえば、大人も、仲直りしなきゃ行けないのに、仲直りできないことはたくさんあります。
    食べちゃいけないのに、ずるずるとおやつを食べて、太ってしまう大人もたくさんいます。
    勉強しなきゃいけないのに、ずるずると自堕落に漫画本を読んでいることもあります。
    自分の立場や利益を守るために、欺瞞に満ちたことをたくさん言っています。
    将来味方になってくれるだろうという見返りを期待して、打算的に人助けをしたりします。
    つまらない仕事を、金のために我慢してやることもたくさんあります。
    理屈ばかり立派で、ろくに価値を生み出さないこともよくあります。

    それらは、特別にダメな大人というわけではなく、
    お父さんも、お母さんも、お祖父ちゃんも、お婆ちゃんも、
    教科書に出てくるエライ人たちも、学校の先生も、みんな、
    多かれ少なかれ、そういうダメなところのある人間です。



    狡猾な人間、だらしない人間の存在は、大人や子供という区分とは関係ないってことだ。

    しかし、どうしょうもなく利己的で傲慢ないやらしい大人が、ちょっとした場面で、何の見返りもないのに、他の人の仕事を誠心誠意手伝ってあげたりするのです。
    偽善的なことばかり言っている人間のクズのような大人が、ある瞬間、真実を素直に認めるのです。
    高い年収とストックオプションをえげつなく要求し、金のためにしか動かなそうな守銭奴エンジニアが、いざというときに、利益も打算も抜きに、純粋に最高の仕事をするために、徹夜して頑張るのです。
    いつも人を騙し、出し抜いて、自分だけおいしいところを持っていこうとする大人が、あるとき、騙されてしまった人たちのために、見返りもなしに立ち上がることがあるのです。

    結局、人間という生き物は、利己性と利他性の両方の欲求を持っていて、人々のその両方の欲求が複雑に絡み合って、この社会ができているのです。



    人間の行動原理は、基本的に「利己性」で成立している。
    このことは、生物学で、「ホメオスターシス(恒常性維持機能)」と言われている。
    =生命には、自分にとって最も都合の良い状態になるように調整する機能・性質が備わっているのだ。

    「利己性」と「利他性」の顕現には順番があって、まず先に「利己性」が追求される。その次に「利他性」が発現する。
    この順番が逆になることは、生物学的には普通有り得ない。
    =逆になっていると、生きていられないので。

    上記のブログでは、この順番について曖昧になっている=書いた人が理解していないようなので補足しておく。

    利己性と利他性は、並列の関係にあるのではなくて、利己性の上に利他性が立脚しているというのが実態だ。

    だから、ほとんどの大人は、金や自分の汚い欲望のために仕事をしますが、同時に、自分の中の美しい気持ちにも動かされて仕事をしているのです。



    ここで「同時に」と書いてあるのは間違いである。
    「利己性」と「利他性」は同時に存在するのではなく、後先の順番がある。
    同時に存在する=並列の関係にある、というのは錯覚である。

    だから、その仕事を、金のためにやっている、というのは、たいてい正しいけれども、
    金「だけ」のためにやっているというのは、たいていは正しくないのです。



    「利己性」の追求の後に、「利他性」が付け加えられることも有り得ると。
    言い方を換えれば、「利己性」の追求の後に、「利他性」が付け加えられない場合もある。=単なる欲張りの人のパターンだな。

    大人は嘘つきで、汚くて、タテマエを言う、というのは正しいけれども、
    ウソばかりついていて、美しいところがなくって、ホンネを言うことがない、
    というのは、間違いなのです。



    この点については、年齢よる違いはないだろう。
    大人も子供も同じだ。

    大人も、子供と同じように、自分の中の喜怒哀楽と利害の複雑な感情に突き動かされて
    打算と悪意と善意に基づいて行動しているのだ、という単純な現実を、
    まず、子供にばらしてしまうべきだと思うのです。



    カッコつけない、隠さない。
    子供の側に「大人に対する幻想」があれば、それを取り払ってあげるのが親切というものだな。

    そして、その上で、その複雑な欲望と感情に突き動かされて、現実と格闘するときに、
    具体的な知識やスキルが必要になってくる
    のだ、という世界観を提示してあげるのです。



    トランプのゲームをするとき、切り札が少ない人よりも多い人の方が、うまく立ち回れる。
    問題の解決手段を多く持っている人は、人生の困難、苦しみを乗り越えやすい。
    知らなくて損しているということは、世の中にたくさんあるだろう。

    平等なんて嘘っぱちで、結局は、能力のある人間が、オイシイ役回りを持っていってしまうこと。
    しかし、平等で公平にする努力をしないと、会社組織が上手く回らないという側面もあること。

    能力のある人間が評価されるとは、限らず、努力が報われないこともたくさんあること。
    しかし、努力せずに、オイシイ役回りや報酬が得られることはあまりないこと。

    公務員になったとたんに、結婚を迫られて鬱になったこと。
    年収が低く、ブサメンなので、誰にも相手にされず、結婚もできない人たちがいること。

    子供の頃、スポーツ万能で、クラスのヒーローだった男の子が、大人になったら、安い年収で、軽く扱われ、冴えない暮らしをしていること。
    勉強はできなくても、お花屋さんを経営して、成功した女の子のこと。

    でも、それは、いくつかの偶然と、彼女の才能によるもので、誰でも努力すれば、彼女と同じ成功を手に入れられるわけじゃないこと。
    その彼女が、雇った経理の人に騙されて、資金を横領されて泣いていたこと。

    そして、それらを、子供が今学んでいる、具体的な学習と関連づけて話すのです。



    人を動かすには、動機付けが必要なのだ。
    自分の利益を追求する=「利己性」と結びついた行動は、誰でもできる。

    いくら電卓やコンピュータがあっても、基礎的な算数や数学の能力が高くないと、経理の人のゴマカシを見抜けず、酷い目に会うこと。

    そもそも、面白い仕事は、個人だけではできず、複数の人間がチームを組んで、プロジェクトでやること。
    たいていのプロジェクトは、予算を通してマネージメントされていること。
    基本的な計算が遅いと、企画会議の議論で置いてけぼりにされてしまうこと。
    仕事によっては、最新情報は、英語でしか得られないこともよくあること。
    現代文の試験で正解を出す能力と、仕事のドキュメント内容を的確に把握する能力は、かなり共通していること。

    そして、結局のところ、大人の仕事というのは、子供の遊びと本質的には同じところがあるのだということを教えてあげるべきです。



    ユダヤ人に優秀な人が多い理由は、子供の頃から「タルムード」を叩き込んでいるからだろう。
    =先人が長い時間をかけて発見した人生の知恵を、すべて知っている。何も知らない人と大きな差ができて当然だ。

    3億円あっても楽しくなれない理由は、子供が知っている

    子供の頃、積み木を使って、自分の思うさま構造物を作り、面白い遊び方を仲間に提案し、みんなで盛り上がることの、なんと楽しかったことか。
    大人の喜びも、本質的には、これと何ら変わらない。子供が積み木や砂山やトンネルを作るような無邪気さで、気の向くまま、思うさま、縦横無尽に企画を作り、構想をまとめ上げて、あちこちのキーパーソンを説得し、根回しをしまくって組織の意思決定メカニズムを操作し、利害関係を調整し、プロジェクトを推進し、それを世の中で実現していくこと。
    それらを、気の合う仲間たちと力を合わせてやる楽しさ。仲間たちと一喜一憂し、喜びと悲しみと怒りと高揚を分かち合うこと。



    金で買えるものと買えないものがあることを、忘れちゃいけない。

    そして、子供の砂場での遊びで、人の砂山を壊して喜ぶようなイヤなヤツがいたり、
    裏で手を組んで仲間はずれにしたりするような、汚い政治ゲームがあるように、
    あるいは、友達に嫌われないようにしたり、影響力のある子にへつらったりするように、
    大人も同じことをするのだ、ということを、全部、ばらしてしまうのです。

    そして、その上で、IT化やグローバリズムと、人々の欲望や思惑が絡み合って、
    世界がどの方向へ進んでいくのかを、子供にも分かるように、描き出してあげるのです。

    その上で、次第に明らかになっていったり、意図的に育て上げていく、自分の強みと弱みに基づいて、
    社会における自分の居場所を見つけていくのだということを意識しながら、さまざまな自分の人生ビジョンのパターンを思い描くのです。

    リアルに、現実的に、しかし、どんなに可能性は低くとも、ぎりぎりいっぱいの彼方まで、希望を膨らませて。



    現代の日本人には、ヴィジョンクエストを行なう習慣がないだろう。
    想像力の欠如によって、可能性の幅に広がりがない

    そして、どのようなパターンになるにしろ、
    基礎的な算数、国語、英語、社会、科学の能力は、決定的に重要だと言うことを、
    リアルに感じさせるのです。



    人間の知的活動レベルには、
    (1)知識
    (2)知能
    (3)知恵
    という3段階がある。

    知識」=ある事柄についての情報。情報の内容が正しいかどうかを確かめる方法があれば知識で、なければ空想。知識がある人を「ガリ勉」という。

    知能」=知識を組み合わせて使いこなす才能。事務処理能力などが知能にあたる。知能がある人を「秀才」という。

    知恵」=知識、知能によっては得られない、真実を見抜く能力。知恵があれば、誰も知らないことでも発見できる。知恵がある人を「天才」という。


    日本の学校教育で与えられるものは、上記(1)と(2)の知識と知能だけであって、(3)は得られない、という認識がなければ、すでに知恵がない=無知ということになるな。
    教育改革がうまくいかないのは、教育改革を担当する実務者に知恵がないからだ。ガリ勉育ちの官僚がいくらたくさんいても、問題解決が図れない。
    ユダヤ人に比べて、日本人は無知なのだろうか?

    将来、自分が、それらの能力を心の底から欲望するだろうと言うことを、直感させるのです。
    それが、現実の人々のドロドロした欲望と、思惑と、駆け引きと、成功への道のりの中で、
    あるいは、失敗への転落の中で、
    具体的に、どのような役にたつ知識やスキルであるのかを、描き出すのです。

    そして、人間は、気が変わりやすい生き物で、何事も予定通りなんか行かず、
    後悔ばかりしている生き物だということを、教えてあげるのです。

    今は、コンピュータなんて、興味がなくても、
    将来気が変わって、世界を変えるようなすごいシステムを作りたくなることもあるかもしれないということ。

    そのために、いま、数学を学ぶことを捨ててしまうと、
    将来、何度も、何度も、何度も、後悔のため息をつくことになるかもしれないということ。

    そういうことも含めて、話します。

    なぜなら、国語・算数・理科・社会・英語のような、
    教科書の上の無味乾燥な知識は、
    圧倒的なリアリティーを持つ世の中の動かしがたい現実と、
    それを形成している、人々のドロドロとした欲望や思惑と結びついたとき、
    血肉となり、骨髄まで染み渡り、人生を切り開く力となるからです。

    そして、その力こそが、大人たちが届かなかった、はるかな夢や野望へと、
    子供たちを飛翔させる原動力となるのです。

    もちろん、これは、長い時間のかかる、根気のいる作業です。

    子供は、集中力がありませんから、日常生活の中で、ちょっとしたキッカケを見つけては、少しずつ、少しずつ、話していきます。

    でも、たぶん、それをやることでできあがるのは、子供の人生の経営戦略の基礎だけではありません。
    気がついたら、教えている大人自身の人生の経営戦略も、ずっと良いものに変わっていくと思うのです。



    付け加えるなら、本田健やロバート・キヨサキのように、「お金」についての知識も教えてあげておいた方がいいだろう。

    金より価値のあるものはたくさんある。=例えば、時間とか。
    労働によって時間を金に変換することはできるが、金を時間に変換することはできない。どんなに大金をつぎ込んでも、寿命を100倍に延ばしたりできないのだ。

    人間の教育において、「時間」についてよく考えさせることが大事だと思う。
    「時間」の正体、本質を理解している人は、一体どれほどいるだろうか?
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