成功は振り返って語るもの - 「PS3が圧勝した世界」という思考実験
ある製品、あるサービスが大成功すると、それを多くの人が「振り返って」徹底的に分析しはじめます。
そしてそれを続けると一見、上手くいくためのセオリーが浮かび上がってくるような気がしてくるのは無理もありません。
そして人々はその新しく誕生したセオリーに群がり、学びたがります。
しかし、実際にはそのセオリーは、「過去」に対してしか適用できません。
もしそれが「将来」に対して適用できるのであれば、トヨタの経営学を見習って巨大な自動車会社を、松下の経営学を学んで巨大な家電会社を作ってみると良いでしょう。
Wiiの成功を見て私が思ったことは、道というものは自分で切り開くしかない、他人がダメだと思うような道を自分だけ突っ走るしかない、ということでした。
そしてそれは多くの人が信じるセオリーからは外れた道を進むということであり、それは実は、とてもとても「分の悪い賭け」に人生をつぎ込む覚悟を持つということなのです。
Wiiの企画に乗った人は、上記のような「PS3が圧勝した世界」を想像しなかったのでしょうか。
それとも想像した上で、あえて「自分ならいける!」と信じて特攻したのでしょうか。
それはきっと、後者であっただろうと、私は思うのです。
成功と失敗について、他人から学べることはたくさんある。
現象の成り立ち方(=原因+条件設定→帰結)のサンプリングだ。
●失敗の事例
失敗の事例は、過去=歴史から見て取れる。
他人の失敗を反面教師として活用し、自分が同じ過ちを犯して苦しむことを未然に防ぐ手立てを講じることができる。
「この人はこういうミスをして苦しんだのか。なるほど。俺はこうならないように注意しよう。」と。
●成功の事例
失敗と同様に、成功の事例も過去にたくさんある。
しかし、今から未来にかけて生じる成功の事例は、過去には存在しない。
つまり、見える形としてはまだ存在していないのだ。
過去の事例にないものを必要とするのなら、それは自分で創るしかないということだ。
他人が気付かなかった、他人が作らなかったからこそ、過去に存在しないのだから。
何かを自分で作るには、成果物の大きさに応じて、それなりの労力がかかる。
創造に要する努力を厭わないこと。
ないものねだりはできない。
創造における努力は苦痛か?
「産みの苦しみ」という言葉もあるが、楽しみながら何かを創るという形態もあるだろう。
自分が興味のあることに没頭して、結果的に何かが生産されるというパターンだな。
人間の行動原理は「喜び、楽しさを求めて行動する」という仕組になっている。
人間の欲求の方向性にはバイアス、偏向がかかっていて、喜びを求める方向に傾いているが、反対側の苦しみを求める方向には向いていないのだ。
従って、楽しいことなら誰でも簡単にできるが、苦しいことは多くの人はできないようになっている。
段階的にチャレンジするとするならば、まずは楽しいレベルから始めて、徐々に苦しいレベルに移行すれば、全く何もできないということはないだろう。
成功は、過去と未来に存在している。
未来の成功=創造に要する努力には、楽しい努力と苦しい努力がある。
楽しい努力→苦しい努力という順番で取り組むなら、結果を出しやすい。
イノベーション【innovation】
(1)技術革新。新機軸。
(2)経済学者シュンペーターの用語で,経済成長の原動力となる革新。
生産技術の革新,資源の開発,新消費財の導入,特定産業の構造の再組織などをさすきわめて広義な概念。






