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    共産主義の改良

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    フリーメーソンは、フランス革命で「自由・平等・博愛」という3つの標語を掲げた。

    フランスの国旗 - Wikipedia

    フランスの国旗は通称トリコロール(Tricolore, 三色の意)と呼ばれる旗。
    青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)を表わす。



    ・自由を追求すると、平等が損なわれる。
    ・平等を追求すると、自由が損なわれる。

    自由と平等は、どちらかをとればどちらかが立たないというトレードオフの関係になっており、そのままではうまく両立しない。
    ・自由と平等を両立させるためには、博愛(友愛)が必要だと考えられた。

    平等を実現する一つの方法として、共産主義が考案された。
    マルクスの共産主義およびその派生の思想は、理想と現実が乖離しており、うまく平等をもたらすことができなかった。
    しかし、マルクスの「資本論」は無価値というわけではなく、問題提起の材料としては再利用可能な部分も残しているのではないか?
    共産主義の失敗した部分=問題解決のための方法論の部分=を止揚・改良していけば、前世紀の人々の試行錯誤も無駄にならないだろう。
    共産主義が消滅したからといって、人の不幸がなくなるわけではない。

    ネグリを歓待しなかった日本政府

    2003年に『帝国』の邦訳が出たとき、週刊ダイヤモンドの書評で「現代の『資本論』」と絶賛した。
    サヨクにありがちな「反グローバリズム」とか何とかいう幼児的な議論ではなく、グローバル化を超えた先に新しい世界秩序を展望する彼らの思想は、マルクスを(いい意味で)継承するものだ。



    <帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性
    アントニオ・ネグリ
    以文社
    2003-01-23
    ¥ 5,880


    グローバル化する政治経済の未来を予見する現代の『資本論』

    本書の原著は二〇〇一年、同時多発テロの直前に出版され、九・一一以後の米国の行動を予言したことで話題になった。テロリストの容疑で投獄されている著者(ネグリ)の本がハーバード大学から出版されて世界的ベストセラーになり、「現代の共産党宣言」などと絶賛されたのは、ほとんど一つの事件だった。しかし、本書はむしろ現代の『資本論』といった方がよい。ちょうどマルクスが当時の哲学・経済学・社会主義を総合したように、本書は「ポストモダン」の哲学と社会科学を総合して現代の世界の壮大な見取り図を描いているからだ。


    いま起こっているのは、主権国家が<帝国>というグローバルな支配権に統合される過程だ、と本書は述べる。かつて国家は、国内産業の経済活動を<インターナショナル>に仲介する役割を果たしたが、今日では企業も個人も情報ネットワークによって直接<グローバル>につながっており、国家にも、その集合体としての国際機関にも最終的な支配権はない。


    著者は帝国を批判するが、「反グローバリズム」を提唱するわけではない。彼らが帝国に対置するのは、マルチチュード(多数性=民衆)である。国家や企業によって世界を管理するための秩序としての帝国に対抗して、世界の民衆が直接に連帯する、もう一つのグローバル化がマルチチュードだ、という



    アントニオ・ネグリというイタリア人が、マルチチュードという概念を提唱して、国民のあり方=個人のつながり方を問うているらしい。

    マルチチュード - Wikipedia

    マルチチュード(Multitude)とは、マキャベリによって最初に使用され、その後スピノザが用いた政治概念である。
    最近では、アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの帝国論を契機として再び注目を集めている。

    ネグリはマルチチュードについて、いわゆる19世紀以降の社会主義に代表される革命に見られた多様性と差異性を無視したこれまでのありかたとは異なり、統合されたひとつの勢力でありながら多様性を失わない、かつ同一性と差異性の矛盾を問わぬ存在としている。



    マルチチュードとは - はてなダイアリー

    一つの勢力でありながら、多様性を失わない、また多様性を失うことも求められないような多数者のことである。
    ネグリとハートによれば、マルチチュードは「統一性/多様性」や「同一性/差異性」という矛盾にとらわれない存在であり、統一されていながら多様性を失わない、また、共通性を持ちながらそれぞれの差異を失わない存在である。
    それが同一性・統一性を求められた(または差異性・多様性を無視された)「人民」などのこれまでの革命主体との違いであるという。



    中国は、様々な民族を束にした国家である。
    中国語は、マンダリン(中国の標準語=北京官話)だけでなく、様々な方言がある。

    天安門事件、チベット弾圧…旧態依然とした中国共産党政府の統治方法に、多くの反発が出てきた。
    反発があるということは、どこかに無理があることを意味している。
    中国は、このままでは現状維持に困難があり、遅かれ早かれうまくいかなくなる時期が来る。

    中国が向かうべき一つの方向性として、武力で脅して国民を一つにまとめるのではなく、華僑を含む巨大な人的ネットワーク(マルチチュード)を最大限に活かす方向を模索すべきではないか?

    マルチチュード 上 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)
    アントニオ・ネグリ
    NHK出版
    2005-10-30
    ¥ 1,323


    マルチチュード 下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)
    アントニオ・ネグリ
    NHK出版
    2005-10-30
    ¥ 1,323


    インターネットの出現によって、国境を越えた人々の連帯が可能になってきた。
    言葉の壁は残されているが、英語を使えばある程度連帯可能だろう。

    世界政府:浜村拓夫の世界

    世界政府っていうものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部グーグルで作ろう。それがグーグル開発陣に与えられているミッションなんだよね」
    グーグルに勤める友人は私にこう言った。
    恐ろしいことを考えているんだなぁと思ったが、目が澄み切っている彼らは、こういうことで冗談は言わない。
    本気でそう考え、次々と手を打っている。



    衆愚政治 - Wikipedia

    衆愚政治(しゅうぐせいじ)とは、多数の愚民による政治の意で、民主政治の蔑称。
    有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな合意が得られたりする状況をさす。
    また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。
    民主政を揶揄して用いられる言葉。



    インターネットの時代を迎えて、共産主義を経験したロシア、中国、北朝鮮、キューバ等は、今後どのような進化を遂げることができるだろうか?

    収容所群島 - Wikipedia

    『収容所群島』 は、ロシアのノーベル賞作家、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの小説。
    ソロヴェツキー諸島の強制収容所・グラーグで行われた、何千人もの「反革命分子」に対する凄惨な拷問と処刑を告発する書である。



    キューバ - Wikipedia

    歴史
    アメリカとキューバの関係は一挙に悪化したが、1965年にアメリカとキューバは、反体制派キューバ人のアメリカ亡命を認めることで合意し、1973年までに26万人以上がキューバを去った。



    ソビエトは、邪魔者を殺した。→体制は崩壊した。
    キューバは、邪魔者を逃がした。→体制は存続している。
    中国は、邪魔者と共存共栄できるだろうか?

    自由・平等・博愛のうち、中国に足りない要素は何か?
    インターネットの出現によって加速するグローバル化の果てにあるもの=マルチチュードのコントロールは、博愛がなくても実現可能なのか?
    我々は、その答えの一つを、中国のチベット問題に見出すことができるかもしれない。

    鳴かぬなら殺してしまえほととぎす (織田信長)
    鳴かぬなら鳴かせてみようほととぎす (豊臣秀吉)
    鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす (徳川家康)
    鳴かぬなら鳴かなくてよいほととぎす (作者不明=山頭火?)

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