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    擬似乱数

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    ●因果律
    相対的な世界は、因果律によって形成されているのだろうか?

    因果律 - Wikipedia

    因果律(いんがりつ)とは、いかなる事象も時間的に過去に起こった事を原因として起こる(あるいは、「非決定論的立場」に立つならば「純粋に偶然に起こる」場合も含む)のであって、少なくとも未来の事象を原因としてそれよりも過去の何らかの事象が起こることだけは存在しない。
    あるいは、当然の論理的帰結としてあり得ない、とする科学説、あるいは、立場である。



    自分の言葉でいうと、因果律とは「原因→条件→結果」という流れで現象が起きることである。
    因果律は成立するのか、それとも成立しないのか?
    森羅万象は「必然」なのか、「偶然」なのか?

    ●完全な偶然
    数学や科学の分野の知見を調べると、因果律の完全な証明=どんな人にでも理解できる因果律の理論というものは、まだ発見・発明されていないようだ。
    逆に、因果律が成立しないことを証明するためには、完全な「偶然」による現象の存在が提示、証明されなければならない。

    完全に偶然な現象であることが保証されるためには、他の影響を一切受けない現象を発見する必要がある。
    =他からの影響を受ける現象は、操作可能ということにつながり、偶然の完全性が保証されない。

    ●乱数
    身近な偶然の現象の事例として、乱数を考えてみた場合、まったく他の影響を受けない乱数って作れるのかな?

    乱数列 - Wikipedia

    乱数列(らんすうれつ)とはランダムな数列のこと。
    数学的に述べれば、今得られている数列 x1, x2, ..., xn から次の数列の値 xn+1 が予測できない数列。
    乱数列の各要素を乱数という。



    乱数の生成法
    コンピュータは有限オートマトンとみなせるので、外部からの入力がない限り計算によって求める確定的な擬似乱数しか生成できない。
    コンピュータがなかった当時は「乱数賽」(1~0の全ての数字が1/10の確率で表われるよう作られたサイコロ)や袋に入れた乱数カードを引き出すハイハット方式で生成していた。



    コンピューターでは、完全な偶然の数字、すなわち乱数を作り出すことができない。
    =最初の段階で、外部の入力が必要。
    =数字を生成する仕組みを隠した、擬似乱数しか作ることができない。

    ランダム - Wikipedia

    ランダム(Random)とは、でたらめ(乱雑)である事。
    何ら法則性(規則性)がない事、人為的、作為的でない事を指す。
    また、通常、サイコロの目などのように、各出現項目の出現確率が均等もしくはほぼ均等である状態を意味する。
    物性物理学では、”ランダムな系”と言うと、”乱れた系”という意味合いがある。
    ランダムな系としては、長距離秩序のないガラスやアモルファスがある(←短距離秩序はあるので、その意味では完全なランダムではない)。



    サイコロを投げる運動は、非常にマクロな現象なので、再現性を確保するのは簡単だと思う。
    ・サイコロ自体の角度(向き)
    ・サイコロを投げる速度
    ・サイコロを投げる方向
    原子レベルでサイコロの変形を考慮しなくても良い場合、たった3つのパラメータを制御できれば充分であり、サイコロの運動は簡単に必然に還元できるだろう。
    完全な偶然とは、たかだかサイコロを投げる程度の運動の中には存在し得ないのだ。

    ●他の影響を受けない存在
    相対の世界において、まったく他の影響を受けない現象というものは存在するだろうか?

    地球上にある物体はすべて、重力の影響を受ける。
    人間の目でも見える世界=マクロの世界の現象を観察すると、他の影響を受けない独立した系は、発見できないのではないだろうか?
    では、肉眼では見えないミクロの世界の現象、例えば量子的な現象では、他の影響を受けない現象があるのだろうか?

    ミクロの世界にしろ、マクロの世界にしろ、相対の世界の中にあっては、他の影響を一切受けない存在、現象というものは、現実的にも理論的にも存在し得ないだろうか?
    =他の影響を受ける限り、完全な偶然は確保できないと思う。

    ●相対と非相対の領域
    ・二元的世界=相対的世界
    ・一元的世界=非相対的世界
    ・一元的世界では、時間も空間も消滅している。
    ・一元的世界は、相対的世界ではないので「なぜ」という問いが成立しない。

    二元的世界と一元的世界の境界は、次元数が1個減るので「非連続的」である。
    一元的世界における観察は、二元的世界と同じ五感を使った方法が使えない。
    二元的世界の側にいる我々は、一元的世界を体験することは簡単ではないだろう。

    「既知」と「未知」という、二つの相対的な立ち位置において、既知の側から未知の側に対するアプローチが、「なぜ」という問いである。
    従って、一元=差異がなくなる状況になると、「なぜ」と問うことも答えることもできなくなる。

    さて、二元的世界の側に「偶然」が存在しないとなれば、消去法によって、一元的世界の側にしか「偶然」が存在している可能性は残されていない。
    一元的世界では、現象が「必然」なのか「偶然」なのかを問うことができないので、偶然は存在するという答えも用意できないはずである。

    ●条件の選択
    もしも、すべてが必然で、未来を一切変更できないとしたら、人生とは随分と息苦しい展開だと感じるだろう。
    =決められたレールの上を走る列車のように、一切の自由がない。
    =必然の、決定されている未来に向かって、ただ突き進むだけの人生だ。
    しかし、完璧に未来を予測できる人や仕組みがないことから、未来は決定されていないということは、容易に想像できる。

    「原因→条件→結果」の流れに当てはめて考えるなら、原因をなくすことができなくても、条件を変える余地は残されているということだ。
    人間は、今この瞬間、たくさんの選択肢=可能性を持っていると思う。
    (鈍感な人は、その選択肢、可能性に対して目を閉ざしているだけだろう。)

    ・原因=過去=1個。
    ・条件=現在=1個以上。(選択可能)
    ・結果=未来=1個。


    偶然なんかなくても、人間は幸福になれるようにできているはずだ。
    条件の選択次第で、未来を変化させられる。

    完全な偶然を探す人生があってもいいのかもしれないが、それはまったく無為無駄な行為のように思える。
    偶然を信じている人はギャンブラーであり、ハンドルのない車に乗ってアクセルを全開にするようなものだ。必ず壁にぶつかり、車は大破してしまうだろう。
    その人生には、破滅の道しかない。

    ●因果律の活用
    すべては必然だ。
    必然でありながらも、未来は変えられる。
    今この瞬間、何を選択しているのか?

    There is a will, there is a way.
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