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    歴史を学ぶ意義を考える

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    夢を見た。
    大学の授業で、歴史のレポートを書く夢を。


    ---(以下、夢の中)---
    大学の授業に遅刻して、教室に入った。
    空いている席を探して、教室の中を歩いた。

    福島瑞穂さんが座っている席があって、彼女が講師なのか?と思った。
    「有名人も参加してるんだな?」と思って、彼女の近くの席に座った。

    この教室は、大きい黒板と大きい教卓があった。
    教室の中には、4人掛けの黒い机が並んでいた。
    中学校の理科室みたいなかんじだけど、黒い机は大きくて、配置の間隔もゆったりしていた。

    着席して周りを見渡すと、みんな課題のレポートを書いていた。
    各机に指定のレポート用紙が置いてあり、1ページ程度書けば良い筆記試験みたいだった。
    遅刻してきた分、自分の持ち時間は少ない。早く書かないと間に合わないという焦燥感があった。

    黒板には課題の説明が書かれており、「歴史について書け」みたいな内容だった。
    これでは漠然としていて具体的に分からないと思い、隣の席の人に聞いてみた。

    私「レポートで何を書けば良いんですか?」
    隣「ある時代を取り上げて、その時代区分について論じます。」

    隣席の人はすでに書き終えていて、余裕の様子だった。
    その人のレポートを見ると、ヨーロッパの出来事をいくつか取り上げて、「なぜそういう出来事が起きたのか?」を分析して、理由が書いてあった。
    1枚のレポート用紙に、4~5個の出来事について書かれており、1つ1つは簡潔で短いものだった。

    私「明治時代とか、江戸時代でも良いんですか?」
    隣「うーん、世界史だから、それだと日本史になっちゃうかな?」
    私「あ、そっか。じゃあ違う時代、地域から選ばなきゃダメですね?」
    みたいな会話をしていたら、目が覚めてしまった。
    ---(以上、夢の中)---


    目が覚めて、夢の続きを考えていた。

    • レポートの内容は、何を書けば良かったのか?

    • 歴史について、講師の解説を聞きたかった。



    夢は現実と違って、おかしなところもある。

    • その授業では、なぜか「歴史」(れきし)ではなく「史歴」(しれき)という用語が用いられていた。

    • 教卓の前にパネルがあって、ヘブライ語の説明や、ユダヤ教の説明が展示されていた。

    • 教室の外は、暖かい日差しに包まれており、カフェテラスのような場所だった。時間に追われてレポートを書くより、もっと優雅な一時を堪能したいと思った。



    夢の中では、時間に追われて焦ってしまい、「何を書けば良いんだろう?」と悩んでいるままだった。
    目が覚めてから、落ち着いて考えたら、自分なりに答が書けると思った。
    (採点はしてもらえないけど、次に同じ夢を見たら答え合わせをしたいので、書いておくかw)


    ---(以下、自分のレポート)---
    「歴史」とは、人間の営みの蓄積である。
    過去の歴史を学ぶことは、人間の行動原理について学ぶことでもある。
    自分や他人の観察を通じて、人間の本質について理解が深まる。
    人間の本質を理解すると、人生の意義について理解が深まる。

    地球上の出来事は、情報伝達技術が発達していないと、後世に残すのが難しい。
    大昔の人々は、石版に文字を刻んだり絵を描いて、その時代の出来事を未来の人々に伝えた。世界各地にある石の文化(ピラミッド等)は耐久性があったので、数万年前まで遡ることができる。
    放射性炭素年代測定を使えば、数十万年まで推定できる。しかし、それでもたかだか100万年程度でしかないだろう。
    宇宙物理学の知見では、我々が住む宇宙が誕生して約138億年が過ぎた。地球が誕生して約46億年が過ぎた。それと比べると、1万年はとても短いと言わざるを得ない。

    ニュートンは「巨人の肩に乗る矮人」の例えで、先人の築き上げた知見を土台として、さらに知見を上積みしていく連続的な「ボトムアップの進化」を提唱した。
    他方、アブラハムは「天啓」という形で、先人の築き上げた知見に別の知見を注入する非連続的な「トップダウンの進化」を提唱した。
    この2パターンの変化によって、人類は「進化」と「退化」を繰り返すだろう。
    現在の人類は「退化」ではなく「進化」に努め、地球が消滅する50億年後まで、文明と歴史を伝える努力をすべきである。戦争によって文明と歴史の継承を破壊する人々がいたら、愚かであると言わざるを得ない。
    人間が森羅万象を理解して、自己の本質をも理解するには、人生100年という時間はあまりにも短い。人生の時間を無駄にしないためには、無駄な労力を省く必要があり、文化と歴史の継承が必要だろう。

    では、人間の本質とは何か?
    歴史を参照すると、1つの仮説を得ることができる。

    人間の意識の構成は、(1)観察する主体と(2)観察される客体という、2つの構成要素から成る。昔の人々はこの2つに名前を付けて、説明していた。
    サーンキヤ学派では、
    (1)観察する主体 → 真我(purusa)
    (2)観察される客体 → 自性(prakriti)
    と呼んでいた。

    この2つが結合して、自己(生物)が形成される。
    複数の自己(生物)が束になって、生物界が形成される。
    人間が集まって社会が形成される。
    政治とは、人間同士の利害関係を調整する方法である。
    様々な政治形態が試みられて、様々な社会形態が展開された。その蓄積が歴史である。

    セムの人々(アブラハムの子孫)は、上記(1)(2)の関係について誤解していると思われる。
    「神が人間を創った」という創造論は、論理的にも物理的にも間違いである。(その誤謬に気付いていながら、訂正しないのは不誠実であろう。)
    生物は神が作ったものではない。生物は生物自体に変化・発生する能力を備えているのである。
    創造主としての神や、理神論という迷信を解消するのが、科学的な現代人の務めであろう。
    現在の人類は、一般教養・リベラルアーツの1つとして、「ヴェーダ」の知識を知っておいたほうが良い。

    セムの一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)を妄信している人々が30億人もいる。実に人類70億人の半数近くだ。彼らはいつも戦争をしている好戦的な愚者である。
    彼らが真実を理解できるように、文明と歴史の蓄積から、人類の叡智を学ぶ機会を提供しなければならない。
    特にアブラハムの勘違いは、人類に害悪をもたらしてきたので、日本人が訂正しなければならない。
    ---(以上、自分のレポート)---


    あー、でもこの分量だと、レポート用紙1枚には納まらないなw

    もしも、夢で続きを見れたら、講師の解説を聞いて、質問してみたい。

    講師というものは、生徒の質問に答えられる知性がなければいけない。
    「私は地位が高くて偉い」というプライドだけでは、講師は務まらない。
    生徒の疑問に答えられない講師は、役立たずの低能でしかない。
    「頭が悪い割りにプライドだけは高い」という人間は、講師に向いていない。
    (私自身も努力をしなければならない。)


    ヴェーダの思想 中村元選集 決定版 第8巻
    中村 元
    春秋社
    1989-10-01
    ¥ 5076

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