まだずっと先のことだと思っていることでも、確実にその時はやって来ます。
●勘違い
ユダヤ教を理解しているといえる最低条件は、「トーラー」「タルムード」「カバラ」の3つを理解していることだ。
日本人は、タルムードを理解しているのだろうか?
日本人は、セーフェル・イェツィラー(創造の書)を理解しているのだろうか?
日本人は、自分たちがゴイム(異教徒)だということを忘れてはいやしないか?
いわゆる一神教のドグマには、間違っている部分がある。
人間は、神によって作られたわけではない。
●セーフェル・イェツィラー
SEPHER YETZIRAH (カバラの宇宙開闢説)
Sefer Yetzirah - Wikipedia
Sefer Yetzirah - Wikisource
創造論 - Wikipedia
創造論(そうぞうろん)とは、宇宙や生命などの起源を聖書の創世記に書かれた「創造主なる神」に求める信仰であり、「創造主なる神」によって天地万物の全てが創造されたとするものである。
一神教 - Wikipedia
一神教(いっしんきょう)は、一柱の神のみを信仰する宗教。次のように大別される。
唯一神教(monotheism):他の神々の存在を認めない。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教など。
拝一神教(monolatry):他の神々の存在を認める。古代イスラエル民族の宗教など。一神崇拝ともいう。
単一神教(henotheism):他の神々の存在を認める。特定の一神を主神として崇拝する。古代インドのヴェーダの宗教など。
交替神教(Kathenotheism):他の神々の存在を認める。崇拝する神が交替する。バラモン教など。
狭義には唯一神教を指すことが多い。
「人間は神によって創造された」という観念は、勘違いの産物なのだ。
・「自分より先に生じた存在が、自分を作った」(=後行者の勘違い)
・「自分より後に生じた存在は、自分が作った」(=先行者の勘違い)
という具合に、先に生じた者と後に生じた者の双方の勘違いによって、「唯一神」という概念が発生した。
実際には、先に生じていた者が創造主というわけではない。
では、どのようにして1番目と2番目以降の者が出現したのか?が問題となる。
帰納法は一発目の前提が間違っていると、以降に派生した概念は全て間違っていることになる。
●是正
人類の起源に関する所論は、「創造論」「進化論」以外にもたくさんある。
プラクリティ - Wikipedia
サーンキヤ学派はダルシャナ(インド哲学)の学派で、精神原理と物質原理を分ける二元論を唱える。シャド・ダルシャナ(六派哲学)の1つに数えられる。
解説
精神原理であるプルシャは永遠に変化することのない実体である。
物質原理であるプラクリティは第1原因とも呼ばれ、サットヴァ(純質)・ラジャス(激質)・タマス(翳質)という、相互に関わる3つの構成要素からなる。
これら構成要素が平衡状態にあるときプラクリティは変化しない。
しかしプルシャの観察を契機に平衡が破れると、プラクリティから様々な原理が展開してゆくことになる。
プラクリティ→理性→自我意識という順序で原理が現れ、自我意識からは思考器官・知覚器官・行為器官が生まれる。
知覚器官には耳・皮膚・眼・舌・鼻があり、行為器官には発声器官・手・足・排泄器官・生殖器官がある。
また、自我意識は他方では素粒子(音・触感・色・味・香)を生み、素粒子は五大の要素(虚空・風・火・水・土)を生む。
これらの対象は知覚器官に対応している。
プルシャはこのような展開を観察するのみで、それ自体は変化することがない。
人はプラクリティから展開した理性、自我意識などを主体であると思い込む錯覚に陥っているが、本来の自我であるプルシャに目覚めることで解脱が果たされるとしている。
情報の二相説 - Wikipedia
情報の二相説(英:double-aspect theory of information)
これは実在に関する形而上学的立場で、世界の究極的な実在(Ultimate reality)を情報(inforamtion)とし、その情報が物理的な性質と現象的な性質を持つのではないか、とする立場。
この立場は心身問題の伝統の中で中立一元論(または性質二元論)と呼ばれる立場にあたる。
中立一元論とは世界の究極的な実在として、物理的でも心的でもない、何か別のものを考える立場である。
完全可能性達成主義者は、無神論者ではない。
完全可能性達成主義者は、人間は神の産物ではなく、人間は神と同等になることができる、人間が神々だった頃の状態に戻れるという。
●エゴのコントロール
しかし、頭のいい人が優しい人とは限らない。
戦争というプロジェクトは、あくまでも人間が立案しているものなのだ。
善悪という観念にとらわれている段階では、理解しがたい人間の行動、歴史がたくさんあるように感じるだろう。
人類の起源について、「創造論」を妄信してきた人々の錯覚は、地球の平和のために、是正されなければならない。
「自分は正しいが他人は間違っている」というセクト主義によって、戦争を繰り返してきた無知なユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒等の人々は、人類の起源に関して、錯覚が発生するメカニズムを理解した方が良い。
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