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    TCP/IPの歴史

    このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - TCP/IPの歴史 あとで読む
    今日のコンピューター間の通信は、「TCP/IP」という技術が基礎になっている。
    今日はTCP/IPの歴史、発明者にスポットを当てて調べてみた。

    TCP/IPとは 【 Transmission Control Protocol/Internet Protocol 】 - IT用語辞典

    インターネットなどで標準的に用いられる通信プロトコル(通信手順)で、TCP(Transmission Control Protocol)とIP(Internet Protocol)を組み合わせたもの。
    また、TCPとIPを含む、インターネット標準のプロトコル群全体の総称。

    IPは複数のネットワークを繋ぎあわせて相互に通信可能にするプロトコルで、これを用いて世界的に様々な組織の管理するネットワークを相互接続してできたオープンなネットワークをインターネットと呼んでいる。

    TCPはIPを基盤にその上層で利用されるプロトコルで、IPネットワーク上の2地点間で信頼性の高い通信を可能にする。
    TCPのさらに上層では、用途やソフトウェアに応じて様々なプロトコルが規定されている。
    例えば、WebではHTTP(HyperText Transfer Protocol)が用いられるが、HTTPはTCPを、TCPはIPをそれぞれ利用してデータを転送している。




    ●パケット方式
    情報の伝達は、大きなデータを小さなデータに分割して送受信する「パケット通信」という方法がある。
    パケット通信は、大量の水を運ぶときに、バケツリレーで少しずつ運ぶ方法と似ている。

    バケツリレー
    (via 福井震災ってなに? - 福井大学

    パケットとは 【 packet 】 - IT用語辞典

    データ通信ネットワークを流れるデータの単位で、伝送されるデータ本体に送信先の所在データなど制御情報を付加した小さなまとまりのこと。
    大きなデータを複数のパケットに分解して送受信することで、一本の回線や伝送路を複数の通信主体で共有して効率よく利用することができる。
    パケットを利用した通信方式をパケット通信、パケットが流通する通信ネットワークをパケット交換網(パケット通信網)という。



    単純な仕組みから出発して、徐々に複雑になっていったシステムは、どのような経緯で作られたのか?

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    ●40年前の発明
    TCP/IPは1974年、つまり今から40年も前に発案された。
    いろいろな人のアイデアや貢献によって、今日の通信技術は形作られて来たのだ。

    ルーター - Wikipedia

    歴史
    1972年にARPAに着任したボブ・カーンは様々なインターフェースを持つ「ゲートウェイ」と呼ぶ装置を構想していた。
    カーンはパケットそのものをローカル・ネットワークのパケットに入れて運ぶパケットのカプセル化を考えた。
    プログラミングに詳しいスタンフォード大学のビントン・サーフがカーンと協力してゲートウェイとカプセル化のアイデアを詰めていった。
    1974年に2人はIEEEの学術誌に現在のTCP/IPの原型となる「TCP」というプロトコルを発表。



    Internet Protocol - Wikipedia

    バージョンと歴史
    1974年5月、Institute of Electrical and Electronic Engineers (IEEE) が "A Protocol for Packet Network Intercommunication" と題した論文を公表した。
    この論文で筆者ヴィントン・サーフとロバート・カーンは、ノード間のパケット交換を使ってリソースを共有するインターネットワーキング・プロトコルを記述した。
    このモデルの中心となる制御コンポーネントが "Transmission Control Program" (TCP) で、コネクション指向のリンクとデータグラムサービスの両方を含んでいた。
    モノリシックな Transmission Control Program は後にモジュール化され、コネクション指向層の Transmission Control Protocol とインターネットワーキング(データグラム)層の Internet Protocol に分けられた。
    このモデルが一般に TCP/IP と呼ばれ、正式にはインターネット・プロトコル・スイートと呼ばれている。

    Vinton G. Cerf, Robert E. Kahn, "A Protocol for Packet Network Intercommunication", IEEE Transactions on Communications, Vol. 22, No. 5, May 1974 pp. 637-648



    論文 → 「A Protocol for Packet Network Intercommunication」 (PDF)

    最初はTCPを発案して、それからTCPとIPに分割したと。


    ●開発者
    TCP/IPを考えた人は、みんな外人なんだな~。

    ロバート・カーン - Wikipedia

    ロバート・エリオット・カーン(Robert Elliot Kahn、1938年12月23日 - )は、アメリカ合衆国の計算機科学者。
    ヴィントン・サーフと共にインターネットのデータ転送技術の基盤となっているTCP/IPプロトコルを開発した。
    通称はボブ・カーン (Bob Kahn)。



    Robert Elliot Kahn

    Robert Elliot Kahn

    ヴィントン・サーフ - Wikipedia

    ヴィントン・グレイ・サーフ(Vinton Gray Cerf、1943年6月23日 - )はアメリカ合衆国の計算機科学者であり、ロバート・カーンと共にインターネットとTCP/IPプロトコルの創生に重要な役割を演じた「インターネットの父」の1人。
    通称はヴィント・サーフ (Vint Cerf)。



    Vinton Gray Cerf

    Vinton Gray Cerf


    ●通信の責任分担
    TCP/IPの先駆となるモデルを考案した、フランス人の功労者たちがいた。

    インターネット・プロトコル・スイート - Wikipedia

    歴史
    インターネット・プロトコル・スイートは、1970年代初期に米国国防高等研究計画局 (DARPA) による研究から登場した。
    1960年代後半に先駆的なARPANETの構築後、DARPAはその他様々なデータ転送技術における研究を開始した。
    1972年、ロバート・カーン (Robert E. Kahn) はDARPA情報処理技術室 (IPTO: Information Processing Technology Office) に雇われた。
    そこで彼は衛星パケット網と地上の無線パケット網の研究に取り組み、それらを横断して通信ができる事の価値を認識した。
    1973年春、ヴィントン・サーフ(Vinton Cerf。その当時既に完成していたARPANET Network Control Program (NCP) プロトコルの開発者)は、ARPANETの次世代プロトコルを設計する事を目標に、オープン・アーキテクチャ相互接続モデルに取り組むためにカーンと合流した。
    1973年の夏までに、カーンとサーフはすぐに基本的な改良を解決した。
    ネットワーク・プロトコル間の違いは、共通の相互接続ネットワーク・プロトコルを用いる事で隠蔽された。
    そしてARPANETにおいては、信頼性についてネットワークが責任を持つ代わりに、ホストが責任を持つようになった(サーフはHubert Zimmermanとルイ・プザン(CYCLADESネットワーク設計者)が、この設計に対して重要な役割を果たした功績を認めている)。



    「OSI参照モデル」の設計に関わったヒューバート・ジマーマン氏と、
    「CYCLADES」というネットワークを設計したルイ・プザン氏だ。

    CYCLADES - Wikipedia

    CYCLADESは1970年代初期にフランスで構築された研究ネットワークで、初期のパケット通信コンピュータネットワークの1つである。
    ARPANETとは異なる設計を模索すべく開発され、ネットワーク研究全般に供された。インターネットの初期設計に大きな影響を与えた。

    CYCLADESは、信頼できない「データグラム」とそれに関連するエンドツーエンド・プロトコル機構を用い、初めてネットワーク自体ではなくそこに接続されたホストがデータの信頼性に責任を持つという方針を採用した。
    それらの概念は、後にインターネットのプロトコルとなったTCP/IPでも使われている。
    CYCLADESは後のインターネットに大きな影響を及ぼしたシステムの1つである。

    このネットワークはフランス政府が資金を出したが、その際にフランスの計算機科学の国立研究機関であるIRIA(現在のINRIA)が調整役を演じた。
    フランス国内のコンピュータ製造業者、研究機関、大学などが構築に参加した。
    CYCLADESを設計し、構築を指揮したのがルイ・プザンである。

    後世への影響
    CYCLADESは信頼性の保証をホスト側に行わせるという重要な設計を行い、ネットワークの機能性を高めた。
    それはパケット交換機の単純化にも貢献している。現在のインターネットも基本的にはそれを踏襲している。

    また、様々なネットワーク実験の基盤となり、フランスの計算機科学者の育成に貢献した。
    ルイ・プザンとCYCLADESに育てられた人々はINRIAで、Local Area Network、衛星通信ネットワーク、UNIXオペレーティングシステム、メッセージパッシング型OSのChorusなど様々なプロジェクトを実施することになった。

    ヒューバート・ジマーマンはCYCLADESでの経験を生かしてOSI参照モデルの設計に関わった。
    OSI参照モデルは今も教育的な意味で非常に重要である。

    INRIAのCYCLADES関係者は、フランスでのインターネット普及にも影響を及ぼした。



    フランスのINRIAで先駆的な研究が行われており、その成果がTCP/IPにも活かされていると。

    「CYCLADES」は、日本語では「キクラデス」という読み方をするようだ。
    意味は、エーゲ海の諸島のことらしい。
    島々をつなぐ連絡網、といったイメージで命名したのだろうか?
    Cycladesの意味 - 英和辞典 Weblio辞書

    【名詞】
    1 南エーゲ海のキクラデス島の青銅器時代の文明で、作品が紀元前3000年−1100年に繁栄した
    2 エーゲ海の南にある200以上の島の集まり



    ルイ・プザン - Wikipedia

    ルイ・プザン(フランス語: Louis Pouzin、1931年 - )は、データグラムという概念を考案し、初期のパケット通信ネットワーク CYCLADES を設計した。
    初期のコマンドラインインタフェースも生み出した。
    フランスのニエーヴル県シャントネ=サン=タンベール出身。
    その成果はロバート・カーンやヴィントン・サーフといった人々がDARPAの下でインターネットとTCP/IPを開発する元になった。

    CTSSの設計に関わったプザンは、1963年か64年ごろにRUNCOMというプログラムを書いている。
    RUNCOMはフォルダー内のコマンド群の実行を許可するプログラムで、コマンドラインインタフェースやシェルスクリプトの先祖と見なすこともできる。
    実のところプザンは1964年か65年にコマンドライン言語を「シェル (shell)」と名付けた当人だという。
    プザンのコンセプトは後にマサチューセッツ工科大学でグレンダ・シュローダーがMulticsに実装した。



    Louis Pouzin

    Louis Pouzin

    あー、このおっさんが「RUNCOM」の発案者だったのか!

    Ubuntu serverの文字化け対策 - 浜村拓夫の世界

    UNIXやLinuxの設定ファイルの名前は、「~rc」という具合に、末尾に「rc」と付くファイルがよくある。
    この「rc」は、何を意味しているのだろうか?

    ログインしたときの各種の設定値を収めたファイルがこれら rc ファイルだ.
    中身はシェルのプログラムの形で記述されている.
    "rc" の名前は,MIT CTSS システムでファイルにいれた一連のコマンドを実行させること,"run command", "runcom" からきている.



    コンピューターの基礎って、アメリカだけじゃなくて、フランスでも研究されていたんだなーと実感。

    Hubert Zimmermann - Wikipedia

    Hubert Zimmermann (1941 – November 9, 2012) was a French software engineer and a pioneer of computer networking.

    Zimmermann was educated at École Polytechnique and Ecole Nationale Supérieure des Telecom.[1]
    His career began at Institut National de Recherche en Informatique et Automatique (INRIA) in Rocquencourt from 1972 through 1979, where he led research into what became ChorusOS series of distributed operating systems.[2]
    In 1977, he was an early member of the International Organization for Standardization as it developed the Open Systems Interconnection protocols.[3]



    Hubert Zimmermann

    後世の我々は、先駆者たちの功績を引き継いで、より良いものを作り出していくべきなのだろう。

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